ボーダー・ライン
「俺はもう32歳なの。親も病気してるし、金もない。限界なの」
その時の渡辺さんは、正に八方塞がりであったのだと、僕は今更ながらに思う。
「何とかここの正社員になりたくて、3年間真面目にハケンやった。けどさ、有野のキツネが言いやがるの。いくら頑張ったってお前みたいのは正社員にはしない、ってよ」
さらに渡辺さんは、まるで彼には似合いもしない自虐を行った。
「30過ぎた人間は採用対象にない、だとよ。一度道を踏み外しちまえば、再チャレンジもままならねぇ。歳が憎い、若さが憎いよ」
「渡辺さん……」
僕が漏らすと、渡辺さんは急にげほげほと咳込んだ。
すでにその時には身体を大分、悪くしていたのだろう。
そういえば渡辺さんは、昼のハケンと夜のハケンを掛け持ちして、なんとか両親を食わせているのだと聞いたこともある。
まだ32歳だというのに過労からであろうか、渡辺さんの肌は浅黒く変色を始め、髪には白髪が混じり始めていた。
……そして間もなく、渡辺さんが虚ろな目で、有野係長に診断書と休職届を提出していたのを、僕は目撃してしまった。
その時の渡辺さんの、頬が弛緩しながらも目は緊張した表情、それを僕は忘れない。
そして係長の表情も。
……笑っていた。