ボーダー・ライン

「まさか……まさかね、渡辺さん。あなたに限って、そんなコトはしませんよね」

電動工具の始業点検、資材の搬入、ウォームアップランニング。
痛々しい記憶にとりつかれながらも、何とか僕は係長の指示通りに、作業に取り掛かるのであった。

記憶が鮮明になればなる程、僕の中には渡辺さんの最後、「最悪のシーン」が憶測として形成されはじめる。


係長は病気で逝去したと言っていた、だけど、まさかね。


僕は頭の中にこびりつくような、その最悪の憶測を振り払うため、

「病気で苦しむことなく、安らかに逝ったんでしょ? そうなんでしょ、渡辺さん」
と口に出して唱えて、なんとか精神的にやり過ごそうとした。



そんな中、係長め、今度は正社員達だけを対象に、何かの説明をしている様子である。
小さく丸く、こそこそと集まって。


だけど係長以外の社員達は、皆一様にショックを隠せないような苦い表情であった。
その中でも人情派の課長は一番酷く、もうすでに放心状態だ。大丈夫だろうか。


全く、今度は一体何を話しているんだよ。
本当に、腹が立つ野郎だ。キツネ係長。


いくら仕事とは言え、こんな時に「隠し事」のようなミーティングをされると逆効果なんだよ。
何であのバカギツネにはそれがわからないんだろう。


……やめろ。
最悪の憶測が、僕の頭の中から離れないんだよ!



昨日からというものの、僕の周りで繰り返される「不幸の連鎖」は何なんだ。

サトミの事と言い、渡辺さんの事と言い、僕は悪魔にとりつかれているんじゃないだろうか。
いや、こんな憶測をしてしまう自分こそが悪魔だ。


渡辺さんは、自殺をしたんじゃないか、って。

< 26 / 34 >

この作品をシェア

pagetop