ボーダー・ライン

「いや……、考え過ぎだって」
僕はぼそりと呟きながら、台車に部品を載せて、現場にセットアップした。
工具に通電を済ませ、正常に動作することを確かめる。

だけど何だか頭がむず痒い、なので首ごと頭をぶんぶんと振り回してみる。
「いかん、いかん」
わざとらしく自分に言い聞かせることで、苦しみから逃れようとする。

「係長だって言ってたじゃないか、渡辺さんは病気で逝去したんだって」

一動作するごとに、口で心に刻むのだ。


そうやって喘ぎながら、まるで上の空で僕は「機器点検表」にハンコを押す、押す、押しまくる。

少しの「はみ出し」なんて、気にしない。
とにかく身体を動かす、余計な事を考えるヒマもないくらい。

そうすれば、少しは悲しみも和らぐ――



だが突然、
「そういえば……サトミ、大丈夫かな」
何故だろう、ふと僕は渡辺さんの事に加え、彼女の事までも一瞬といえど気にかけてしまったのである。

仕事中だけは忘れているはずなのに、サトミとの楽しい思い出も、辛い記憶も。


「まずいなぁ」
僕は頬をパチンと叩き、自分を戒めた。
「だめだぞ、鷹。仕事は真面目にやらないと」

ぼーっと仕事を無関心に行っていると、いくら簡単な仕事でもミスをしてしまうものだ。
例えばハンコを誤ったところに捺印してしまったり、書類記入を段ズレしてしまったり、ね。

そしてつまらないミスが、取り返しのつかない事態に発展することも良くある例だ。

仕事に集中しろよ、自分。

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