ボーダー・ライン

サトミ


『From サトミ
 題  おかえりなさいませ!
 本文 
 おかえり、タカ☆
 今日の仕事はどうだった?
 私は今日バイトが早く終わったから、料 理の練習しちゃった。
 あったかいビーフシチューだょ。
 デジカメで写真撮ってつけておいたから 見てね! 
 タカがあったかくなりますように☆ 』
彼女の言う通り、メールに添付された写真には、ホーロー鍋いっぱいのビーフシチューが写されていた。
どうやら出来立てをすぐに撮影したらしい、もくもくと立ち上る湯気どころか、カメラのレンズが曇っているのさえ鮮明にわかる。

「料理の練習……か」

ここの所毎日、サトミは料理の写真が入ったメールを送ってくる。
一昨日は肉じゃが、次に魚が食べたいと僕が漏らせば昨日はキンメダイの煮付けで、そして温かいメシが好きだと話したら、今日はビーフシチューだ。

「僕の口に入れるわけでもないのにな」

ただ、ネットだけの付き合いなのに。


僕はサトミにメールの返信をするため、彼女のPIXIホームへ飛んだ。

サトミのホームは最近の若者らしく、ピンクと黒と白のロリータ・イメージで統一されている。
友達リストの数も、僕の倍くらい多い。


とりあえず手にしていた安弁当を膝の上に置き、僕はキーボードを操った。
カチ、カチカチ、言葉がつむぎ出されていく。

『TO  サトミ
 題名 メールありがと
 本文
 帰ってきたよ、今日もヘタってます。写 真見たよ、マジうまそう。見てるだけで あったかくなるね……     』

そしてそこまで打ち込むと一段落、僕はビーフシチューの写真をおかずに、再加熱した弁当のご飯を掻き込むのだった。
だが、
「うっ、くさっ」
加熱された漬物の嫌な香が鼻につき、僕の喉は反射的にその飯をむせかえしそうになった。

< 6 / 34 >

この作品をシェア

pagetop