ボーダー・ライン
サトミ
『From サトミ
題 おかえりなさいませ!
本文
おかえり、タカ☆
今日の仕事はどうだった?
私は今日バイトが早く終わったから、料 理の練習しちゃった。
あったかいビーフシチューだょ。
デジカメで写真撮ってつけておいたから 見てね!
タカがあったかくなりますように☆ 』
彼女の言う通り、メールに添付された写真には、ホーロー鍋いっぱいのビーフシチューが写されていた。
どうやら出来立てをすぐに撮影したらしい、もくもくと立ち上る湯気どころか、カメラのレンズが曇っているのさえ鮮明にわかる。
「料理の練習……か」
ここの所毎日、サトミは料理の写真が入ったメールを送ってくる。
一昨日は肉じゃが、次に魚が食べたいと僕が漏らせば昨日はキンメダイの煮付けで、そして温かいメシが好きだと話したら、今日はビーフシチューだ。
「僕の口に入れるわけでもないのにな」
ただ、ネットだけの付き合いなのに。
僕はサトミにメールの返信をするため、彼女のPIXIホームへ飛んだ。
サトミのホームは最近の若者らしく、ピンクと黒と白のロリータ・イメージで統一されている。
友達リストの数も、僕の倍くらい多い。
とりあえず手にしていた安弁当を膝の上に置き、僕はキーボードを操った。
カチ、カチカチ、言葉がつむぎ出されていく。
『TO サトミ
題名 メールありがと
本文
帰ってきたよ、今日もヘタってます。写 真見たよ、マジうまそう。見てるだけで あったかくなるね…… 』
そしてそこまで打ち込むと一段落、僕はビーフシチューの写真をおかずに、再加熱した弁当のご飯を掻き込むのだった。
だが、
「うっ、くさっ」
加熱された漬物の嫌な香が鼻につき、僕の喉は反射的にその飯をむせかえしそうになった。