夜人【ヨルヒト】さん
「こんな風に何度も蹴られた。上がろうとすると、何度も、何度も」

エミカが静かに頷く。

夜人がチサエの指から足を離す。

「……溺れると、どっちが水面か分からなくなって、底に向かってもぐってしまうことがある」

チサエの指が、力無くへりから離れた。ゆっくりと水に飲み込まれていく。

「どこに助けを求めていいのか分からなくなる」

「……助けなんてなかった」

「そうだね」

夜人が目を閉じる。

水面に立ち昇っていた泡が、消えた。

藻が、ゆらゆらと揺れている。
< 63 / 199 >

この作品をシェア

pagetop