二人の『彼』
四季に戻ると、もう閉店間際の時間だろうに、数人の話し声が聞こえてきた。
「毎度毎度悪いな、お嬢さん」
「いえ…とんでもないです」
俺に気づくと、
「あ、篠宮くん、お帰りなさい」
と、先輩は丁寧にも軽くお辞儀をして、微笑んでくれた。
少しこそばゆい感覚を覚えながら、頷き返す。
この時代の礼儀なのだろうか。
現代なら無下にされがちな言葉だけれど、ただの挨拶のひとつが、こんなにも嬉しい。
無事に帰ってこれていて、心から安堵した。
「おい、龍馬行くぞ」
先輩と相対していた長身の男は、座ってくつろいでいた赤髪の男に、そう声をかけた。
四季の常連客、坂本龍馬と、長身の男は桂小五郎と言ったか。
そしてもう一人、桂さんの隣で本に夢中になっているのは、大久保利通だ。
「何かあったのか?」
頬杖をつきながら見上げる龍馬さんは、動く様子がない。
「ああ……高杉が、京にいるらしい」
桂さんが嫌悪感を露にしながら発したその言葉に、龍馬さんはぴくり、と反応したかと思うと、すぐに席を立った。
「……わかった」
「じゃあな、お嬢さん。また来るな」
「はい……ありがとうございました。またお越しください」
丁寧に対応する先輩に、男たちは背を向けると、のれんをくぐって出ていった。
それを見届けて後、先輩は俺に声をかけてくれた。
「ずいぶん遅かったけど……何かあった?」
先輩はいつだって、親身になって心配してくれる。
だけどそれは、きっと誰に対しても──だ。
例えば、さっき去っていった男たちにも、同じように心配するのだろう。
先輩は優しい。
誰にでも。
それが先輩のいいところなのに、何故苦しく思ってしまうのだろう。
俺はわずかな胸の痛みを抑える。
申し訳なさと不甲斐なさを感じつつ、俺は何でもなかったように事の経緯を説明することにしたのだった。