二人の『彼』
土方と眼鏡
「土方さん、頼まれてた書類……ってうわあ」
「んー……ああ、恭か」
気だるげな声音でそう返す土方さんの顔は、文机に積まれた大量の書類で見えない。
俺が頼まれて運んできた書類の束も、相当な数だと思ったけれど、部屋に散乱している──片付いてはいるのだが、それを覆うほどの──書類の数の比ではなかった。
副長ってこんなに大変なのか。
新撰組に入隊してからというもの、俺の知る土方さんはいつもこんな感じだった。
気だるげなのに、真面目で、頭がいい。
勢いはあるけれどどこか抜けている近藤さんを支え、沖田さんをはじめとする個性豊かな新撰組をまとめる副長としての立場。
俺のような凡人には真似できまい。
「あー……その辺に置いといてくれ。悪かったな、わざわざ」
土方さんは俺の方も見ずに言う。
時間が惜しいのだろう。
そりゃあそうだ、これだけの書類があれば三徹くらいしても終わらなさそうだ。
実戦もさることながら、頭の良さも秀でた土方さんである、こういった業務を任されることも多いのだろうけれど、流石に多すぎやしないか?
近藤さんとか、手伝ってやればいいのに──いや、あの人はこういう仕事には向かなそうだ。
沖田さんも──ああ、やっぱり不向きだ。
ということは半ば押しつけられた状態ってことか。
そしてそれを真面目にもこなすのがこの人なのだろうけれど。
ならば。
「土方さん」
意を決して口を開いてみる。
「俺に、手伝えることってないですか」
「あ?」
ようやく、土方さんがこちらを向く。
……眼鏡姿だった。
レンズの奥で目を瞬かせた土方さんは、思案げに眉根を寄せると、
「いや」
と、短く言った。
うん、そうだよな……。
素人がいても邪魔になるだけだろう。
部屋の隅をのそのそと歩いていた亀を横目に、俺は極力邪魔にならないように静かな声で失礼します、と一言言って退出した。