二人の『彼』
大久保と本
たまたま俺が四季を覗いてみたその日、大久保さんが珍しく四季に一人で来ていた。
いつもは桂さんと一緒のことが多いのに、今日は桂さんの姿は見えない。
そして珍しいことがもう一点。
「……………」
じっ……と。
先輩の姿を追っているのだ。
自他共に認める本の虫である──桂さんのニュアンスでは尊敬より皮肉のようだが──大久保さんが、だ。
台所から出てきて、接客して、料理を出して、台所に戻って、の繰り返しの間、ずっと目で追っている。
本は片手に持っているけれど、一頁もめくっていない。
何事だろうか……。
対する先輩はというと、あまり気にしていないようで(というか気づいていない?)、普段通り接客に応じ、時々大久保さんと目が合ってもにこりと笑いかけるだけだ。
大久保さんはにこりともしないけれど。
「大久保さん、お茶のおかわりいかがですか?」
「……うん」
先輩は、慣れた手つきでお茶を入れる。
そして大久保さんはずっと見つめたままだ。
しまいには、本を机の上に置いてすらいる。
完全に読む気を失っている大久保さんなんて、そう見られるものじゃない。
「どうぞ」
丁寧に、先輩はお茶を差し出す。
そこでようやく先輩から目を外し、お茶を受け取ろうとした。
が。
受け取り方が悪かったのか、先輩の手と大久保さんの手がぶつかり、その衝撃でお茶が僅かに溢れる。
さらにその溢れたお茶が先輩の手にかかり、反射的に跳ねた先の手が、湯飲みを倒した。
「あっ……!」
ごとん、という重々しい音と共に、お茶が盛大に溢れた。
──……大久保さんの本の上に。
「す、すみません……!!」
慌てて本を救出するけれど、時既に遅し。
本は紙だ。
水には弱い。
加えてこの時代の紙は、元の時代のそれに比べて極端に脆い。
本はあっけなく萎れた。
「本当にすみません!あの……弁償します」
「いい。気にしないで」
「でも……」
「いいって」
そう返すも、大久保さんは浮かない顔だ。
今日はもう帰るという大久保さんを、謝りながら見送ると、先輩は俺に言った。
「やっぱり……何かお詫びをしたいのだけれど……」
「協力するよ、先輩」