二人の『彼』
高杉と遊郭
「……すみません、道間違えてるんじゃ」
「あ、着きましたよ」
「………」
そびえ立つのは、紅い檻。
飛び交うのは、黄色い声。
漂うのは、甘い匂い。
つまるところ、遊郭だった。
「初めてですか?」
からかいまじりに、沖田さんが笑う──遊郭の女たちに手を振りながら。
……初めてに決まってんだろ。
メイド喫茶とか、キャバクラならまだいいようなものだ──いや、その2つだってよく知らないけど。
何でこの人はこんな慣れた風なんだよ。
あの女たちも女たちだ。
自分の身が売りに出されていると言うのに、あんなにもにこやかに笑うなんて。
この時代ではれっきとした職業なんだろうけど、人間ペットショップ(命名:俺)で尻尾を振ってお金をもらうだなんて、胸くそ悪い。
「きゃあ!沖田さん!」
「また来てくれはったんですか~」
「その隣の方はどなたです?」
「初めて見る顔ですけど、なかなかええ男やないですかぁ」
「藤堂さんの代わりの藤堂さんですよ。ここが気に入ったそうなので、これから毎日来てくれますって」
「冗談やめてください!!」
あと、藤堂さんじゃないです。
いくら言っても無駄だけど。
そんなこんなで、遊郭の一室に這入る。
豪華絢爛な畳の部屋には、大量のご馳走と新撰組の面々、そして二人の女性が俺を待っていた。
「遅いぞ、総司、恭!」
部屋の奥から叫ぶのは、近藤さんだ。
「すみません、藤堂さんが初めての遊郭に狼狽えていたもので」
「違います!」
沖田さんはいつもの調子だ。
「今回はどうも、霧里さん」
「いいえ…わっちも楽しみにしておりんした」
沖田さんが、脇にいた女性の一人に声をかける。
霧里と呼ばれた花魁の女性が意味深に笑ったかと思うと、もう一人の女性が、あろうことか俺に話しかけてきた。
「……あの」
「……え?」
その、聞こえた声と見上げた顔は──
「先輩?!」
「……っ、うん」
花魁の着物姿に化粧をしていたけれど、見間違えるようがない。
紛れもなく先輩、その人だった。
あの紅い檻の中の遊女たちほどの化粧はしていないが、なんだか随分色っぽく見える。
「……なんで」
あの紅い檻に先輩が囚われているなんて、想像したくないんだけど。
「篠宮くんたちが来るって聞いたから、霧里さんたちが張り切って」
こんな格好を、と、先輩は自分の着物へ視線を落とす。
「どう、かな」
わずかに頬を染めて見上げてくる先輩。
……無自覚でやっているとか、本当、たちが悪い。
「頼むからそれ、他でやるなよ……」
「え?」
目をそらして呟く俺と、不思議そうに見上げる先輩を、横にいる沖田さんと霧里さんはくすくすと笑って見ていた。
は、恥ずかしい……。
「似合ってるって言ったんだよ」
ぶっきらぼうにそういうと、先輩はありがとう、と微笑んだ。
…ああ、なんでこうも。
仕草の一つ一つに胸が締め付けられる。
「さあ!揃ったことだし、宴を始めるぞ!」
そんな甘い感情を取り払うかのように、近藤さんの大きな声が響いた。
「いいところでありんしたのに」
「近藤さんって空気読めないですよねぇ」
……俺は近藤さんがいなければ、今も夢の中をさ迷っていたような気がするが。