二人の『彼』
宴も中盤、何が目的か全くわからない謎の宴会は、酔っぱらいだらけの動物園に等しかった。
正直、居心地はあまりよくない。
まあ。
そんな場でも先輩がいるのが非常に心強い──先輩はお酌をしながら、終始微笑んで見守っている。
ずっと隣にいてもらうために、お酒を飲み続けようかとも思ったけれど、その考えは即座に捨てた。
あの酔っぱらいたちに嫉妬するほど子供じゃないし、何よりそんなのは不可能だ。
でも出来ることなら、やっぱりその花魁姿をみんなの前で披露して欲しくないし、営業スマイルだとしても微笑みを向けてほしくない。
なんて、思ってしまう自分がいる。
先輩が部屋を出ようとしたのに気がついて、俺も席を立つ。
別に、心細いとかじゃなくてな。
宴会場を出ると、遊郭ならではの暗いのに明るい、なんていうか艶やかな雰囲気が辺りを包んでいる。
明らかに"夜"って感じ。
俺は得意じゃない。
なんとなく、先輩の後を追う。
宴会場を出たからといって、特に行くところもなかった。
すると──
「……お前」
後ろから、唐突に声をかけられた。
振り向くと、そこに立っていたのは……。
「誰?」
俺の記憶にはなかった──いや待て。
この不機嫌極まりない不穏なオーラ……どこかで。
「……あ」
思い出した。
そうだ、新撰組に入ることが決定した日、橋の欄干ですれ違った男だ。
何か言いかけて、去っていった男。
「あんた……何者なんだよ」
「名乗るときは自分からって知らねぇのか」
「……篠宮恭」
「高杉晋作だ」
「あんたあの時、何言いかけたんだよ」
「……ふん」
ふんって何だよ。
答える気無いってか。
「俺に利用されたくなければ、ここには来ないことだな」
ぽつりとそう言うと、皮肉げな笑みを浮かべて、高杉は立ち去っていった。
……結局、何がしたかったのはわからずじまいだ。
後ろ姿が寂しそうに見えたのは、きっと気のせいだろう。