二人の『彼』
「ここだ」
「なっ…………!」
連れられてきたのは、超一流を越えた超一流、大きな屋敷の前だった。
聞けばこの人のものだという。
どれだけ身分の高い人なんだろう……。
「這入れ」
大きな門扉を前にたじろいでいる俺に、ケイキさんは促す。
俺はこういう家に来たときの作法とか、全くもって心得ていないのだけれど──この時代では特に厳しそうだ──粗相をせずにこの屋敷を出られる自信は無かった。
というかそもそも、この屋敷の主であるというケイキさんに、今までそれなりの対応が出来ていたとは思えない。
作法とかあまり気にしない人なのかな、そうだといいな、なんて希望的観測を頭に浮かべながら、俺は思い切って歩を進める。
外観からも察せられた通り、屋敷の中も広くて立派で、現代に存在したならば間違いなく重要文化財だかなんだかに指定されていそうなそれだ。
使用人の間を堂々と進むケイキさんとは、世界が違うことを実感した。
「驚いたか?」
やがて辿り着いた屋敷の一室で、ケイキさんは問う。
その部屋も、襖で仕切られてはいるが畳続きの大部屋で、襖を取り払ってしまえば新撰組の大部屋なんて優に越える。
3つ4つ入ってもおかしくない。
その上、屏風や襖には風情のある絵が描かれている。
美術品に情を解さない俺の目にも価値が分かるくらい、圧巻だ。
これで驚かない人があるものか。
「俺は」
荘厳な絵を背景に、座って腕を組んだケイキさんは言い放った。
「俺は、徳川慶喜──将軍だ」
「しょーぐん……?!」
「ああ」
爽やかな笑みのケイキさん。
だが対照的に、目眩がしていた。
ケイキと聞いて真っ先にケーキを思い浮かべてしまった自分を呪いたい。
そうか、ケイキ……。
アナグラムでもリポグラムでも、そんなパズル要素にも当てはまらない、ただの読み違いではないか。
学校で習った時に、そう呼んでいる人もいたくらいだ。
なぜ幕末ということが分かっていながら連想出来なかったのだろう。
屋敷に来たときから薄々おかしいとは思っていたが、まさかこんな身近にこんな人がいるなんて。
「そう構えるな。お前と俺の仲だろう」
そうは言われても。
元の時代には身分制度なんて無かったし、天皇はいても象徴でしかなかった訳だから、恐縮するのは当然の反応だと思うのだが。
「先輩は、知っているんですか?」
「知らないだろうな。少なくとも俺は話していない」
四季は将軍のお忍びの場所、ってことか……。
何故こうも不便不自由無さそうな人が、庶民の町へ足繁く通っているのかなんて、俺には検討もつかない。
「お前たちにも隠していることがあるのだろう」
ケイキさん、もとい慶喜将軍は、俺を真っ直ぐに見据える。
こくり、と唾を飲み込むが、対照的に将軍は目元を和らげた。
「話せと言っているのではない。俺は時期が来るまで待つ」
ケイキさんは、ただただ優しかった。