二人の『彼』
「ははっ……
お前、いー顔してるよ」
『奴』の声が、全身に響くくらい大きく聞こえた。
恐る恐る、瞑っていた目を開ける。
「うわっ」
ドアップで『奴』の顔が俺の視界を覆った。
反射的に後退しようとしたけれど、後ろは壁。
そして右頬に当たるか当たらないかのスレスレのところで、奴は剣を突き立てていた。
いわゆる壁ドン……否、剣ドンである。
物騒過ぎるわ。
しかも男同士のこの状況。
萌え要素も何もあったものではない。
というかそもそも俺にそんな趣味はない。
「……何の用」
初対面なのにも関わらず、最大の悪意を込めて問う。
その悪意を綺麗に無視し、『奴』は、
「別に」
と、あっさり受け流した。
「話なら聞いてやるから離れろ」
「やだね」
「ふざけんな」
「ふざけてねーよ」
「俺にそういう趣味はねえって……」
「……何の話だよ」
頭にクエスチョンマークを浮かべた『奴』がようやく離れたところで、俺は体勢を立て直した。
「どうだ、新撰組は」
世間話でもするかのように、『奴』は軽い調子で訊いてくる。
「いいところだよ」
「へえ」
皮肉げに笑う『奴』。
自分から棄てたくせに、なんでそんな懐かしそうな顔するんだよ。
「山崎は元気か?」
「……ああ。必死になってあんたを捜してる」
「嬉しいねぇ」
くつくつと、また厭な感じに嗤う。
「なあ、あんたどっから来たんだよ」
唐突に、核心をつく質問をしてくる。
純粋な好奇心から訊いてきたんだろうけど、それは俺達にとってキーとなるフレーズだ。
こうやって質問してくるってことは、こいつが呼んだんじゃあ、ないのか。
こいつが呼んだから俺が来たのかと、漠然と考えていたりはしたのだが。
まあタイムスリップなんて、この時代の人間が故意に出来るものではないだろう。
「あの女も一緒に来たんだろ?」
答えないうちに、矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。
先輩のことを指しているのだろう。
こいつの耳に入っていたとは。
こいつには、先輩のことを口にしてほしくない。
「関係ないだろ」
「そうだな。俺と女はな」
意味深に口角を上げる。
「俺とあんたは関係あるのにさ」
「何を……」
「可哀想に。あんたが巻き込んだのか。あの女を」
「……!」
「ま、俺は関係ないからどうでもいいが」
話す気がなくなったのか、『奴』はそこで俺に背を向ける。
「また会おう、篠宮恭。俺の興味があったら」
そう言って。
硬直する俺を差し置いて、『奴』は路地裏から姿を消した。