二人の『彼』
「先輩!どこいってたんだよ」
日も完全に昇り、店の準備もあらかた片付いた頃、先輩は無事帰ってきた。
帰ってきたという表現を適切にはしたくないけど。
出来ることなら現代に帰りたいところだ。
「……少し、桜を見に」
「桜?」
ああ、そういえば、街の外れに大きな1本の桜の木があるとか聞いた気がする。
今の季節、満開なのか。
それにしても、こんな早朝から桜か──昼の花見や夜桜ならわからなくないけれど、何でこんな早くに桜なんか見に行ったんだろう?
昼や夜とはまた違った楽しみ方があるのだろうか。
花より団子の俺にはわからないだろうけど。
「何かあった?」
「……ううん」
桜なんか見て何かあったのか、という皮肉のつもりで言ったのだが、先輩の返答と顔を見て後悔する。
うつむきがちに、そっと首を振った先輩の顔は、どこか浮かない。
……何かあったようだ。
「……その、」
ごめんなさい。
そんなつもりはなかったんです。
勝手に罪悪感を感じる俺だった。
「え?」
先輩はうつむきがちだった顔を上げ、きょとんと言う効果音がぴったりな感じで、こちらを見た。
いや、そうなるよな。
話が噛み合って無さすぎる。
先輩超勘繰ってる。
「ま、まあ……先輩が無事に帰ってこれてよかったよ」
我ながら苦しい話の切り替え方だと思ったが、仕方ない。
「…うん、そうだね」
先輩はどこか遠くを見つめていた。
タイムスリップした日を除けば、この日がまさに、先輩の運命が動き出したそれだったとは現時点ではわかるわけもなかった。
ともかく。
運命の歯車は、動き出していたんだ。
先輩と──『彼』の。