二人の『彼』
「俺も随分慣れたよ。新撰組の男所帯にさ」
「……そっか」
先輩の休憩時間を借りて、俺たちは向き合っていた。
でもきっと、先輩は俺を見ていない。
その事実が、余計に俺を焦らせる。
「先輩さ、帰りたくなくなった?」
目を見開いた後、気まずそうに目をそらす先輩。
これは──肯定か。
「別に責めてる訳じゃないからさ、そんな顔しないでよ」
勝手に焦って、そんな顔をさせたのは俺なのに。
そんな自己嫌悪を隠すように苦笑して言う。
「ここでの生活に慣れていけば、そうなるってわかってた。それに……」
俺は、言葉を区切る。
先日の『奴』の言葉を思い出しながら、俺の言葉を紡いでいく。
「俺も……ずっと、ここに来た理由を考えてた。絶対に何かあるはずだって」
明確な理由は、まだ見つかってないけれど。
理由となりそうな奴なら見つけた。
でもその理由は、ここで生きていく理由にはなり得ない。
先輩が肯定したのは、後者の理由を見つけたからだろう。
だけど。
「俺の考えだけを言うと」
俺は真っ直ぐに先輩を見る。
息を呑んだ先輩も、その視線に応えた。
「反対だよ。俺は、元の時代に戻った方がいいと思ってる」
先輩だけでもね。
ここはやはり危険だ──先輩がいるべき場所じゃない。
「…………」
先輩は、厳しい表情を俺に向ける。
でも、俺だって譲れない。
俺が呼んだなら、責任を持って元の時代に帰すべきだ。
俺のせいで先輩が危険な目に合うのは、これ以上耐えられない。
「……元の時代に、戻りそうなんだろ」
「……!」
先輩を見ていればわかる。
多分──俺と同じ現象が、先輩にも起きている。
「だったら───」
「篠宮くん」
黙っていた先輩が、俺の言葉を遮って声をあげた。
「ごめん。もう少し、考えさせて」
「……」
何でだよ。
この時代に来たときは、真っ先に俺を頼ってくれていたのに。
何が、それを阻むんだ。
誰が、先輩の枷となるんだ。
『彼』──か。
先輩の中のその存在は、最早俺よりも大きいのか。
「……考える時間が、あればいいけど」
「……っ」
今にも泣きそうな先輩を、見なかった振りをして席を立つ。
それなのに、自分の中に膨らんだ気持ちは、見なかった振りに出来そうもなかった。