私は初めから病気だったワケじゃない!!
次の日、
Aちゃんも一緒に行きたいと言うので、
学校の帰り道、
また病院に寄り道した!
Aちゃんも、何度か入院したり、
通院した事のある病院だから、
Aちゃんは、病院のことが私よりとても詳しい!
入院中の子ども達の遊戯室があって、
入院中の子どもたちが遊んでいた!
そこから近道したりして、
ちょっとした探検だった!
Yちゃんのお母さんに千羽鶴の追加を渡したら、
こらえきれなくなったようで、
いきなり、涙を流してしまった!
Yちゃんのお母さんは、
ハンカチで目頭を押さえ、
しばらく黙っていた。
「もう明日は、退院だから、
お見舞い来なくて良いわよ……。」
と、少し低い声で、やっと言った。
なんとなく、
長居してはいけない気がして、
私たちは、
すぐ帰る事にした。
家に帰ったら、
昨日からいつもより帰りが遅い訳を聞かれて、
病院に行った事を
事後報告した。
ほめられるかな?
と思っていたら、
えらく叱られた!?
「あきれた!
Yちゃんは、
倒れてから、
寝たまんまなんだから、
倒れても、
目が覚めて、
学校に行って、
友達まで連れて見舞いしたなんて!
Yちゃんが出来なかった事ばかり出来るぴろのコトを
Yちゃんのお母さん、
どんな気持ちで、
いたのか、
考えてちょうだい!」
と……。
初めて、Yちゃんのお母さんが、
泣いちゃった訳が、
分かった……。
嬉しいよりも、
悲しい想いが深く、
羨ましくもあったのかもしれない。
それから数年間、Yちゃんのママさんとは、
毎年年賀状のやり取りをした。
Yちゃんのお母さんから、
年賀状をもらったからだ。
Yちゃんのお母さんは、
私を許してくれた♪
でも、
我が家の嬢ちゃんは、相変わらずです。
と、いつも書いてあった。
私が高校生になっていたある年……。
Yちゃんのお母さんから、
年賀状が来なくなった……。
11歳〜12歳、
十年前後を
寝たきりで、
Yちゃんは生きた。
喪中葉書が来た訳ではないけれど、
Yちゃんが亡くなってしまったのだろう。
高校生になっていた私は、
年賀状が来なかった意味を
そう理解した。
Aちゃんも一緒に行きたいと言うので、
学校の帰り道、
また病院に寄り道した!
Aちゃんも、何度か入院したり、
通院した事のある病院だから、
Aちゃんは、病院のことが私よりとても詳しい!
入院中の子ども達の遊戯室があって、
入院中の子どもたちが遊んでいた!
そこから近道したりして、
ちょっとした探検だった!
Yちゃんのお母さんに千羽鶴の追加を渡したら、
こらえきれなくなったようで、
いきなり、涙を流してしまった!
Yちゃんのお母さんは、
ハンカチで目頭を押さえ、
しばらく黙っていた。
「もう明日は、退院だから、
お見舞い来なくて良いわよ……。」
と、少し低い声で、やっと言った。
なんとなく、
長居してはいけない気がして、
私たちは、
すぐ帰る事にした。
家に帰ったら、
昨日からいつもより帰りが遅い訳を聞かれて、
病院に行った事を
事後報告した。
ほめられるかな?
と思っていたら、
えらく叱られた!?
「あきれた!
Yちゃんは、
倒れてから、
寝たまんまなんだから、
倒れても、
目が覚めて、
学校に行って、
友達まで連れて見舞いしたなんて!
Yちゃんが出来なかった事ばかり出来るぴろのコトを
Yちゃんのお母さん、
どんな気持ちで、
いたのか、
考えてちょうだい!」
と……。
初めて、Yちゃんのお母さんが、
泣いちゃった訳が、
分かった……。
嬉しいよりも、
悲しい想いが深く、
羨ましくもあったのかもしれない。
それから数年間、Yちゃんのママさんとは、
毎年年賀状のやり取りをした。
Yちゃんのお母さんから、
年賀状をもらったからだ。
Yちゃんのお母さんは、
私を許してくれた♪
でも、
我が家の嬢ちゃんは、相変わらずです。
と、いつも書いてあった。
私が高校生になっていたある年……。
Yちゃんのお母さんから、
年賀状が来なくなった……。
11歳〜12歳、
十年前後を
寝たきりで、
Yちゃんは生きた。
喪中葉書が来た訳ではないけれど、
Yちゃんが亡くなってしまったのだろう。
高校生になっていた私は、
年賀状が来なかった意味を
そう理解した。