この気持ちは、気付かれない。
どう?違う?と得意げなマスターに、しょうじき驚く。
「マスターすごい。わたしと同じこと思ってるわ。」
「そりゃー皐月から聞いた話の印象がほとんどだしな。そんなに詳しいこと話したことねぇし。」
はははは、と笑いあった。
兄貴のボトルから作ったんであろうホットウイスキーは、冷たい身体に沁みた。
マスターの笑顔も、とっても暖かい。
「ほんと、お前は大人になったなあ。初めてここに来た時から18には見えなかったけど、どんどん大人の姉さんになった。」
「そーかな…。自分じゃわかんないや。」
「美形っつうのは、老けて見えるからな。」
「老けてる、ってのは嬉しくない。」
軽口をたたき合いながら、笑う。
「佳都幸は?元気にしてんのか?」
「うん。この前トルコから葉書が届いた。」
「いまはトルコにいんのか。もう、この前帰ってきてから1年くらい経つか。」
「うん…1年と、2ヶ月だね。」
「見送ったこと、後悔してねえか?」
後悔?そんなことは、ない。
「あいつは、わたしの兄貴だよ。わたしの親じゃない。わたしのせいで、人生狂わしていい人じゃないんだ。」
「そんな大層な…」
ふっ、と笑ってしまう。
確かに大層すぎたかもしれない。
「…兄貴の夢だったし。海外に出て行くの。わたしはずっとそれを知ってたからさあ、止められるわけないんだ。」
わたしの唯一の心の支えだった人。
いや、今もだけれど。
声を聞くのもそう簡単ではなくなった人だ。
「…帰ってきたら、めいっぱい甘えてやれ。」
「うん。」
そのウイスキーは俺からのおごりな、と男前な発言を残して、マスターは他の客のところへ行った。
ってことは兄貴のボトルじゃなかったのか。
ありがとう、マスター。
さっきのざわつきが嘘みたいに、穏やかな気持ちだった。