風
「…ありがとな」
頭を引き寄せて自分の肩に乗せた。
俺はその告白に返事が出来ない。
こいつのことをよく知らないから。
出会って間もないから。
…そういうことじゃない。
こいつは、きっとまた俺の前から消えるから。
今、幸せな気分になってしまったら、一人残された時のダメージが大きすぎるから。
だから…だから、俺は何も知らなくていい。
こいつの名前も、俺を好きになった経緯も、こいつがどこに帰っていくのかも。
知れば知るほどきっと辛くなるから。
固く握られたこの手だけで、いい。
もう二人の間に会話は生まれなかった。
ただ波の音を聞いて、目の前の幻想的な景色を眺めて、時々ばれないように隣の様子を伺う。
何も考えないようにしようとするのに、頭の中はいろんな感情にまみれていた。