風
その日は何もする気が起きなかった。
昨日いった海に行ってみようか。
ひょっとしたら会えるかもしれない。
そう考えて、馬鹿馬鹿しくてやめた。
楽しみにしてた読みかけの本を開いて、1ページだけ読んで閉じた。
あいつが羨ましいと言った大きめのテレビすら、つける気にならない。
強烈すぎたのだ。
毎日仕事ばっかりでなんの刺激もなく、ただイライラしながら過ごしていた俺にとって、あの女の存在は。
…また泣いてねえだろうな。
また、会えんのかな。
ベッドの上にキレイにたたんで置いてあった、俺が貸したスウェット。
その上にはメモが1枚。
”ありがとうございました”と、ただそれだけ。
過去形で書いてあることが、あなたとはこれっきりよ、と言われたみたいでズキっとした。
そのスウェットとベッドのシーツを洗ってしまえば、あいつの痕跡は跡形もなく消える。
この香りも、思い出さなくなる…だろう。