蜂蜜漬け紳士の食べ方
まるで深海からふわり漂い上がるような感覚で目が醒めた。
静かに彼女の耳へ触れるのは、窓から漂う水の音。
二、三度瞬きをして、彼女はようやく自分がベッドに寝ているらしいことと…ここが自分の部屋でないことに気づいた。
怠い瞼が心地よく、意識はふわりと寝室内を漂う。
ゆっくりと呼吸をすれば、いつかと同じ、苦いハーブのような匂いが鼻をくすぐった。
「……………」
何故自分が伊達の寝室で寝ているのか。
柔らかなシーツの海に全身を預けたまま、彼女は記憶の糸を辿ろうとするもすぐにその糸は途切れてしまった。
確かに意識が途切れる前は、あんなに明るい日の光が射していたのに
今、寝室のカーテンを淡く塗る光は、夕暮れのようなオレンジ色だった。
アキは意識をようやくくっきりと縁取り、それと同時に勢いよく体を起こした。
しまった。
彼女が寝室のドアを破るように出たのと、ちょうど寝室に入ろうとしていた伊達に出くわしたのはほぼ同時だった。
「おっと」
咄嗟に謝ろうとした彼女の呼吸は、彼の姿を見て一瞬でチグハグになってしまった。
いつものようなくしゃくしゃな髪は、生乾きで微かに濡れていて、首元には白いタオル。
目を隠すように長い前髪は、今ばかり無造作に掻き上げられている。
いわゆる伊達は、風呂上がりだった。
「起きたのかい」
伊達は抑揚のない調子で彼女へ言った。
その顔色も、徹夜明けの時とは比べものにならないほど色よく、まるで汗をかいているようにほんのり染まっている。
アキの微かな動揺に気付かないまま、彼は「よほど疲れていたんだね」と付け加えた。
「あんまり無理はするもんじゃないよ」
その紳士的な言葉と、彼の熱い掌が彼女の頭を撫でるのは同時だった。
思わず身構えたアキに、伊達がその小さな動揺に気付く。
「……」
彼の目が、ゆっくりとすがめられた。
無表情さは変わらずに、そのままで。
2コンマの沈黙ののち、伊達は再び自分の髪をタオルで拭き始める。何も気づかないふりをしたままに。