蜂蜜漬け紳士の食べ方

掴み損ねたタオルは、そのままソファの足元へヒラリ落ちて行った。

アキが慌てて見上げれば、そこには何とも楽しそうに目を細めた彼がいる。




「やっと近くに来た」


伊達が微笑むのと
彼のくしゃくしゃな黒髪から滴がひとつ、アキの頬に落ちたのはほぼ同時だった。


本能的に抵抗しようとした気持ちは、伊達の手腕一つで摘み取られる。

簡単に、アキの耳へ唇を寄せて。



「……俺の事、警戒してるでしょ?」



甘く落とされた囁きは、熱い息が混じって、どうしようもなく彼女を翻弄した。


「しっ、してません」

「本当?…その割に、頭を撫でただけでビクビクしていたけど」



アキはようやく事態がこうまで展開してから、彼が『本気』であることを知った。

ついさっきまで90度を保っていたお互いの姿勢は
いつのまにか伊達に主導権を握られて、ほとんどアキはソファへ寝させられる格好に近くなっていたのだ。



「してません!してませんよ!」


その上に伊達がいて


「見間違いかな」


まさしく、襲われる態勢そのものだった。


「ならいいけど」


耳に感じていた体温は、今度は吐息となってアキの感覚を奪い始める。

無理やりに耳へ注がれた息に、彼女は背筋をぞわりとした快感が這うのを知る。


視界はリビングの天井と、彼の濡れた髪の黒色。それだけ。



目を潤ませる涙は、どこから滲んだのか分からない。


伊達はいかにも手慣れた風に、アキを翻弄する。



彼女ももう子供ではないから
これからどういう風に事が進んでいくのかなんて、いやでも分かる。


だからこそ、彼が「スマート」で「手慣れている」のが分かってしまう。




彼の冷たい唇が首筋を這う感覚で

アキは自分の失態に気付いた。




自分が徹夜明けで、お風呂にも入っていないままなことに。



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