蜂蜜漬け紳士の食べ方


途端に冷静になった頭は、次から次へとアキに問題をふっかけてくる。




私、お風呂に入っていない!

私、心の準備をまるでしてない!

私、見られてもいいように体のケアをしていない!


…今日の下着、上下バラバラだった!



最後の問題は、革命的に大きいものだった。

気付けば彼女の手が、伊達の胸板を押していたくらいに。



「…どうしたの」


抵抗に気付いた伊達が、彼女のブラウスにかけていた手を止める。

アキの口は、堅苦しく半円を描いていた。
果たして彼にどう言いわけをすればいいだろう、と。



「あ、あー…その…えーと」


伊達の視線が、突き刺さるようにアキへ向く。



「…仕事が残っていたのを、思い出しました」

「仕事?」


「はい、仕事です、その、至急だったのを」



幸運だったのか、それとも不運だったのか。


アキの言いわけがましい言いわけを、伊達は頭からすんなりと信じてくれた。

彼はたった数秒で甘い雰囲気を断ち切り、あっさりと彼女を起こしてくれたのだ。


「思い出して良かったね」

「は、はい」

「今からでも間に合う?」

「ええ、大丈夫です」



彼の無垢なまでの信頼は、逆にアキを傷つける。

その証拠に彼女は、伊達のマンションから逃げるように出るまでの間、少しも目を合わせられなくて
それは微かなシコリとなって、重苦しく心に残ることとなってしまった。




…自分の勝手でマンションへ行ったのに。


アキはどうやっても上手くいかない要領の悪さに、嫌気がさす。



それが更に一層大きな刃となって自分にかかってくると知ったのは

数日後、伊達からのメールで『今度からモデルを雇うことになった。当分の間、マンションへ来るのは控えてくれるかな』という文を見た瞬間だった。




< 14 / 82 >

この作品をシェア

pagetop