蜂蜜漬け紳士の食べ方

付き合い始めてからの伊達は、いつだって優しくて紳士的だ。

『人が嫌いだ』という割に、彼女にだけはつっけんどんな態度も取らず
いかにも気遣いが分かる、甘く口どけの良い言葉ばかりを彼女に言う。



そう。いつだって、紳士的なのだ。




「…大概、お前って分かりやすいよな」


社員食堂でふいに太い声を頭上から被せられ、アキは顔を上げた。

カレーライスセットをアキの目の前に置き、席についたのは山本だった。

アキは、被せられた唐突な言葉に心乱さないという風につっけんどんに返した。

「何が?」


お昼休みを少しずれた今の時間。
社員食堂に人は少なく、彼女のトーンは思いの外冷たく響いてしまった。


「なんか嫌な事でもあったろ」


端的、かつ見事に一発で心中を深く抉ったセリフに、アキは塩サバをほぐしていた箸を止める。

向かいの山本は、彼女の僅かな動揺は見ないまま、スプーンで大きくカレーライスを頬張った。


「……いや、そんなことないよ」


スパイスの香りを目にも感じながら、けれど彼女は再び箸を動かした。

検索、ヌードモデル、美術、男女。

彼女は、自身の左手に置いていたスマートフォンの画面を消す。
すぐさま画面は黒く塗り潰された。


伊達は先週の宣言どおり、ほとんど彼からの連絡は来なくなっていた。

夕飯の誘いはもちろん、本当にたまに来ていた就寝前の電話も、ぱったりと。

彼の言うように、彼女の方から連絡をすれば全ては解決するのかもしれないのだが

アキはどうにも気が進まなかった。




「そうか?ここしばらく、しかめてたからさ」

「何を」

「眉間」


アキは咄嗟に自分の額に手をやった。

指摘した山本は、やはり変わらない様子でカレーライスをまた一口ぱくつく。


眉間にシワが寄っていた、という事実より
「いつもと変わらない」自分でいたはずだったのに、無意識とはいえ他人に見抜かれたことが何よりも心を揺らした。


アキはしばらく山本を見たのち、再び塩サバに手をつける。
今日に限って、やたら小骨が多い気がする。

妙な沈黙が口に苦い。



「…ま、なんかあれば俺にでも言えよ。ごっそさん」

アキの返答を聞かないまま、早々にカレーライスを食べ終えた山本は、一瞥もくれないまま席を立っていったのだった。


彼女の力ない目は、いつのまにか骨も皮もボロボロになっていた塩サバを見下ろした。
そしてその横には、山本が来る前まで弄っていたスマートフォン。

先ほどまで見ていたのは、ネット上の質問解決掲示板だった。




検索。
『ヌードモデルさんと長時間二人きりで、やましいことは起きないでしょうか?』


返答。
『大丈夫です、お互いに仕事ですから』。

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