蜂蜜漬け紳士の食べ方
遅い昼ご飯を終え、編集部に戻るなり迎えたのは、綾子の半ベソだった。
「お互い密室で長時間いるなんて、本当あり得ないですよ!」
編集部に一部響いた言葉が、ぐさりとアキの心をえぐった。
スマートフォンの画面に載っていた回答を真っ向から批判するように、綾子がワアッと机に伏せている。
「な、なに?どうしたの」
きょときょと視線を編集部全員に動かしても、皆返ってくるのは同情にも諦めにも似た目ばかりで、編集長に至っては大きく肩を落としつつ、面倒くさそうに豆大福を頬張っていた。
「桜井ー。お前、少し綾子を外に連れ出せ」
「はい?」
「今は二人ぐらい抜けても大丈夫だから。ほれ」
そう言って、編集長は厄介払いをするように、手をヒラヒラと動かす。
そしてここでまた視線で編集部員全員を辿っても、やっぱりロクな回答は返ってこなかった。
しかしまあ、目の前で机に突っ伏している綾子を見る限り、彼女溺愛の彼氏との揉め事であるのだろうとアキにも予想がつく。
「とりあえず綾子…外に出ようか」
苦笑いが込もったアキの声掛けに、ようやく綾子が顔を上げた。
いつもバッチリ決めているマスカラはウォータープルーフではないらしい、流れ出た涙で目の下は黒い筋を作っている。
「せ、先輩…」
「編集長の厚意に甘えて、一旦外に出よう。ほら、会社なんだから、あんたもそうベソベソしないの」
とは言いつつ、アキはぼんやりと「こういう得な人、いるんだよな」といたたまれない気持ちになる。
社会人として考えれば、自分のプライベートな事で業務を滞らせることは常識としていかがなものか、というところだ。
しかし普段の雰囲気や言動で、そんな非常識も「あの人ならば仕方ない」と周りの人に思わせる人物というのは、少数ながらも存在している。
具体的に言うのなら、この綾子はそういう得な人物そのものだ。
アキはほんの少しげんなりしながら、綾子を宥めつつ編集部を出た。