蜂蜜漬け紳士の食べ方

とっぷりとした茜色が、喫茶店の窓から染み出している。


「だって、だって、おかしいと思ったんですよ、繁忙期でもないのに残業続きなんて…」


これから長時間繰り広げられようとしている綾子の愚痴に、少しでも自分の気分を明るくしようと頼んだメロンクリームソーダは、アキの気分高揚には何の役にも立たなかった。
溶けかかったバニラアイスクリームが、汚いメロン色に染まっている。


「私には、新しく頼まれたカフェの建築がどーのって…言って…いつもいつも残業で」


綾子は、頼んだ紅茶には目もくれないまま紙ナプキンで目元を拭った。
化粧はほとんど落ちていたが、アキから見ればこの薄化粧の方が好印象のような気がする。


「そうしたら、なんだったと思います先輩?
その仕事で知り合ったデザイナーの女と出来てたんですよ…っ」

緩やかに流れる店内BGMと真逆の生臭い話は、ちょうど30分続いている。
聞けば、綾子の彼氏はどこかの建築事務所の設計士らしく、新しく受注した仕事が全ての発端らしい。

仕事上で知りあったデザイナーの女と、残業を偽って浮気をしていた。
こういう訳のようだ。


「ああー、うん、そうなんだぁ」


アキは柄の長いスプーンで、クリームソーダをぐちゃぐちゃに混ぜながら、曖昧にうなづいた。
どうも恋愛経験がないと、こういう時にどう接するのがベストなのか分からないものだ。
…しかしこの場合、明確な回答というより、ひたすら綾子の話を聞くに徹することが正解かもしれないが。

綾子は最初に比べてずいぶんと落ち着いていたが、今までの悲しみは、じわりじわりと彼への怒りに姿を変え始めている。


「私は仕事だからってなるべくワガママ言わないようにしてたのに、あいつはそれを裏切って他の女とイチャついてたんですよ!
しまいには「もう別れよう、好きな人が出来たから」って一方的に!」

「…ああ、うん、そう…仕事…かぁ」


元々あまり綾子の話を半分に聞いていたアキだったが、綾子の話を聞くごとに、少しづつ重苦しい何かが胸に溜まっていた。

まるで今の自分と同じじゃないか、と。


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