蜂蜜漬け紳士の食べ方
「いえ、…なんでもないです。モデルさんはどうですか」
アキは半笑いのまま話を切り出した。
「ああ……まあ、あちらもプロだからね。
描く側としては指示しやすくて助かるよ。これなら早い時期に完成出来そうだ」
「それなら良かったです」
「……」
カサリ、とビニール袋が微かに風に揺れた。
どこかぎこちない沈黙が訪れる。
話したいこと、なんて無かった。
言いたいこと、なんて無かった。
例えそれがもし今のアキにあったとしても
そんなたわいもない話、夜に電話でもすればいいだけの話で
こうやって、連絡もなしに仕事中の彼を訪ねるべきではなかったのだ。
現に、ずっと心の中でくすぶっていた不安は
彼に逢うことで減らされるばかりか、あろうことにアリアリと具体化してしまった。
そこまで考えて、アキは急に自分の身勝手さに気付く。
そして次に伊達から言われた言葉が、彼女の自立心を更に辱めた。
「……モデルに来てもらってる関係もあるから、なるべく来る前日にでも連絡してくれるかな」
今日に限って、伊達の一本調子の話し方は、やたら冷たくアキに響いた。
アキのぎこちなく笑っていた口元は急に色を無くす。
「……そうです、よね。ごめんなさい」
彼女はいよいよ伊達本人から視線を外した。
代わりに視界に入りこむのは、モデルの女性のハイヒール。
奇しくもそれは、いつかアキが大人の女性になりたくて履いたものと同形のものだった。