蜂蜜漬け紳士の食べ方
かくして、一週間後。『新進気鋭の画家・伊達圭介』の個展開催初日となったようだ。
ようだ、というのは、伊達本人からそういう話を聞いていないからだ。
あれからもちろん、アキのスマートフォンに、伊達本人から「絵が完成したよ」とか「個展の準備が出来たよ」とか、そういう連絡は一切来ていなかった。
その事実は一層アキからの連絡を滞らせる。
一度固まってしまったシコリが、簡単に解けることは無かった。
もっと早い段階で、無理にでも彼ともう一度会うべきだったのだろうか。
それとも、彼にメールだけでもいいから連絡を取るべきだったのだろうか。
…いや、もしかしたらもう、モデルの女性の魅力を見て、もう自分には愛想が尽きたのかもしれない。
いくつもの『もしも』を重ね、塗り潰し、けれど結論や気分の晴れる色など何一つとして浮かんでこなかった。
伊達圭介の個展開催場所は、都内のビルディング1階だった。
開催時間はまだだというのに、入口には既に何十人かの客が開催を待っている。
その中には、アキ達と同じような取材陣もちらほら混じっているようだ。
「…おお、さすが伊達大先生だな。個展ってだけでもうこんなに人がいる」
カメラバッグを担ぎながら、中野が何の含みもなしに言った。
確かに、しばらく油絵を描かない・出展もしなかった画家の個展で、ここまで注目されるのも珍しい。
それこそ、評論的な評価はされずとも、伊達圭介が一般人気の高い画家であることが分かる。
「初日だと、大体先生本人も会場にいるからねぇ、それもあるんじゃないかな。
ファンだったら、やっぱり画家本人も見たいだろうし…」
「あー、そういや伊達先生はほとんど顔写真出さないもんな。
ブサイク説もあったんだっけ?はは。そりゃ気になるわな」
アキは、あくまで『普通』を保とうと、スケジュール帳を捲る。
中野の意味深な視線に気づかないまま。
「…桜井、お前さ」
「ん?」
「まさか本当に伊達先生に惚れてる、とか無いよな」
スケジュール帳の『11:00~取材』の文字から、滑るようにアキの視線が中野に上がった。
かちあった視線の奥。
彼の瞳に映るアキの口元は、ぎこちなく歪んでいる。
「なに、急にどうしたの」
「…んー、いや。何となく」
「まったまた。そういう冗談うまいよね、中野くん」
そもそも中野君が「あんな奴止めろ」って前に言ったんじゃないの。
アキがそう言うと、彼は口を曲げて曖昧に笑った。
「いや、ただ気になってさ。だとしたら、今日の取材やりにくいんじゃないかと思って」
「え?何でやりにくいの」
中野は、アキの問いに答えるようにバッグの中からある雑誌を取り出した。
それはアキのあまり好む部類ではない──いわゆる、ゴシップ──雑誌だった。
「先週号。見た?伊達大先生の恋人だって」