蜂蜜漬け紳士の食べ方
「ほら、これ。見てみ」
体の毛穴という毛穴から、汗が噴き出す感覚だった。
アキは、中野の手からゴシップ誌を奪えないまま、けれど目はそのページを鋭く射続けている。
さすがに芸術家という枠組みは芸能人より旨みはないのだろう、伊達のページはたった1ページ。
しかしその紙っぺら1枚は、『伊達圭介の恋人』の足元を揺らがせるには充分だった。
「あー…もしお前が報われない片想いとかしてたならさ、気まずいだろうっていう男心よ。
ああ、でも桜井、伊達先生の『ファン』なんだっけ?」
同期の言葉は、彼女の脳内をスルリ滑り落ちていく。ただ無意味に。
1ページ。
そこには、夜の街を背にする伊達と、間違いなくアキではない女性の背が並んで映っている。
『若き天才画家、夜の逢瀬』──そんな下らない一文までつけられて。
「…へえ」
アキは、自分でも驚くほど冷淡な声が出たことに驚いた。
中野からゴシップ誌を受け取ることもせず、ただつまらないといった風で露骨に視線をずらして。
「そう、恋人いるんだ、伊達先生。
ファンだったから、ちょっとはショックだけど…まあ、そういう年齢だしね、38歳だっけ?」
彼もアキの調子に呼応するかのように、軽い笑い声を上げた。
「まあ、至って普通のことだよな。なのにこういうゴシップは、すーぐ面白おかしく書きたてるから…」
「確かにね」
言って、けれどアキの瞼には写真の1枚が焼きついて離れない。
写真は白黒だった。
女性の背だけでは誰かは分からないが、確かにその街の風景は夜で、映っているくしゃくしゃの髪は伊達圭介本人に違いなかった。
しかしアキはどうも、女性の靴の形に見覚えがあるような気がしていた。
「…モデル、なのかな」
彼女の口から、思うより先に言葉が零れた。
「え?モデル?」
「うん、そう。伊達先生、今回初めてモデルを使った絵画を描いたっていう話じゃない。
もしかしたら、そのモデルさんかも」
「ああ、なるほどね。やたらスタイルがいい人だもんなぁ、映っている女」
彼女は、瞬く間に体中に黒い霧が満ち満ちていく感覚を知る。
足が、重い。ヒールが地面へ張り付けられているようだ。
ただでさえ、伊達に逢うことが気苦しくもあったのに、これでは──。