蜂蜜漬け紳士の食べ方
伊達自身の要望なのか、個展会場はとてもすっきりした内装だった。
いつか彼女が、伊達の部屋で見た描きかけのキャンバス達はきちんと額をつけられ、壁一面に飾られている。
今までの作品も含めると、ざっと20枚ほどだろうか。
それでもキャンバスの大小は様々であるから、そう少ない気もしない。
内装がシンプルとは言っても、そこはさすがに『伊達圭介』で、たくさんの客の服色で会場全体が色とりどりに飾られているようだった。
受付を通し、二人は簡素な事務スペースへ通される。
まるで気持ちの整理のないままの、伊達との再会になってしまった。
「ああ!どうもお久しぶりです、伊達先生!」
中野の勢いよい声に、彼女はようやく顔を上げる。
「この度は個展開催、誠におめでとうございます!」
中野は名刺を渡しながら、愛想よく腰を曲げた。
彼女も同じように伊達へ名刺を手渡す。
「…あ、『月刊キャンバニスト』の桜井です。お久しぶりです」
二人が差し出した名刺を、ある程度丁寧に受け取り、伊達は曖昧に返事をした。
「どうも。その節はインタビューありがとう」
しかしいざ顔を合わせれば、彼は拍子抜けするほどに普段と変わらなかった。
対する伊達は、今日ばかりはきちんとした格好…スラックスに簡単なワイシャツを着ている。
アキには、彼の首元の紺色ネクタイがひどく苦しそうに見えた。
「今日は個展開催について取材をさせて頂けるということで」
「ええ…そのようですね」
伊達の視線が、僅かにアキへ移ったことを肌の緊張で知る。
しかし彼は、会社の同僚の隣にいる彼女へは何も言及しないまま、再び中野へ言った。
「では約束の時間になりましたら、個展の事務室の方へ。それまではどうぞ、暇潰しにでも眺めていってください」
「よろしくお願い致します」
伊達はあっさりと身を翻し、受付担当と何やら話をしに向かった。
彼の気配が消えたことに、アキは少なからず安堵する。
「いやあ、しかし治ったのかな、大先生」
「え?」
「人嫌い。聞いていたほどにつっけんどんじゃないな」
中野は、受付担当の男と会話をしている伊達を視線で追いながら、何とはなしに言った。
その独りごとにアキは答えなかった。
答える気力が無かった、というのが正しいかもしれない。
「握手会とか、やるのかな?サインとか。
今サインもらっておけば、あとで価値上がりそうじゃないか?」
どこか浮き浮きした様子で、更に中野が言う。
「…さあ、どうだろ」
アキの目は、会場に飾られた色とりどりの絵画を上滑りする。
もちろん、会場にアキをモチーフに描いたあの絵は無かった。