蜂蜜漬け紳士の食べ方
伊達へのインタビューは、それから30分後に開始された。
小さな急ごしらえの事務室は、会場のざわめきをほどよく遮断してくれている。
「それで、今回個展を開催するに至ったきっかけというのはどのようなことだったのでしょうか」
アキは悲しくも、自分の社会人故の強さを呪った。
仕事であると思えば、こうやって『疑惑』のある恋人へ笑顔でインタビュー出来てしまう。
ただし、やはり手元のメモ帳には意味の無いケムシを描いてしまっているのだが。
「そうですね…やはり、今まで支えてくれたファンの方への恩返しというのもあるでしょうかね」
対する伊達も、何事もなく穏やかに潔癖に冷徹にアキの質問へ返す。
考えてみれば、週刊誌で隣に映っていた女性は、絵のモデルだと考えればしっくり来る。
連絡が来なくなったのも、そう、簡単に理由がついてしまうのだ。
「…おい、桜井。ちゃんとメモ見て質問してんのか?」
急にわき腹を小突かれ、思わず呻き声が漏れた。
「い!ったいな…ちゃんと見てるよ!TPO考えなさいよ!」
ひそひそ声で、隣の中野へ抗議する。
その茶番をいぶかしむように、伊達の視線がねっとりと二人へ絡むように上下するのに気づかないまま。
「…」
「ほら、モデルのこと聞いてねえじゃんかよ!」
「うるさい!順番ってのがあるの!」
「じゃあいいよ、俺が聞くから」
「…」
「あ、ああ、すみません先生。それとですね…今回、モデルさんを起用しての作成だとお伺いしたんですが」
「…ええ」
「手ごたえのほどはいかがでしたでしょうか」
頬杖をついたままの伊達は、視線を中野に下ろし、口端を曖昧に歪めた。
「良かったですよ?そりゃあ」
アキはこの時、心臓の痛みを確かに感じた。
ぎゅうと無理にそこを鷲掴みしてきたような、息が詰まってしまうような、そんな痛みだった。
「なかなか女性的な肉感のあるモデルでね。創作意欲が沸きました」
果たしてこれは彼女の思い込み、なのだろうか。
スラスラと気持ち悪いほどいつも以上に滑らかな彼の口調に、ほんの僅か嘲笑が含まれている気がする。
──…誰に?
彼女は、ボールペンを無意識に固く握り直した。
伊達の講釈は続く。
「今まで抽象画ばかり描いているから、次はモノから直接何を描きだすか考えるのはどうだろう…。
長い付き合いの画家が、そんなことを言ってくれましてね。
型にはまってしまいがちなのが自分の悪癖だと知っていたので、今回は彼のアドバイスを頂戴した訳です」
中野は、これ見よがしにつぶさに頷きながらメモを取っていく。
「はあ、なるほどなるほど。新しい画風に挑戦したということですね」
「ええ、そうですね」