蜂蜜漬け紳士の食べ方
中野の視線は、めざとく伊達に当てられたままだった。
そして好奇心に塗れたそれは、伊達から、彼の正面にいるモデルの女性へと移り…。
「あれ?」
中野の声に、アキの肩が何故かギクリと強張った。
「あの女の人、もしかしてあの絵のモデルじゃねえか?」
背の高い同期は、そう言ってアキの背後のナニかを指差した。
彼女が振り向いた先にあったのは、個展会場のメインスペースに飾られた一枚の絵画。
それは明らかに、今までの伊達圭介の絵とは違って、写実的だった。
ただ、色を選ぶ感性は同じままで、情熱的な赤をたっぷりと使った背景に、女性の肌は一層映えている。
何て艶めかしいんだろう───。
絵を見た率直な感想が、これだった。
確かに女性は裸体のまま描かれ、絵を見る者を潤んだ瞳で見返してくるようなのに、そこには一つのいやらしさもない。
「ほら、桜井。あの絵…今あそこにいるモデルだろ?」
いちいち
確認しなくたって
分かってるわよ、そんなこと!
舌打ちをしそうな舌をひっこめ、アキは曖昧に「ああ」とか「うん」と返す。
それでも中野は、絵と伊達の方へ視線の往復を何度も繰り返す。
彼の言うように、まさしく絵のモデルは彼女なのだろう。
徹夜明けのあの日、伊達の玄関にあった靴を履いている女性──。
「はは。まさか、週刊誌に載ってた女性って、あのモデルのことだったりしてな」
「中野くん、私ここの会場を見てから会社に戻るね」
語尾を無理やりに重ねた彼女のセリフに、中野がようやくアキへ視線を戻した。
「え?」
「ちゃんと会場内の作品とか、うん、雰囲気とか、お客さんの様子とかも、記事にしないといけないし」
「…まあ、そうだけど」
「私が無理に中野くんにここの取材同行頼んだからさ、先に帰ってて」
「でも二人の方が楽だろ?そういうの」
大丈夫、とアキは語尾強く呟いた。
それは表向き中野に対する言葉だったが、本当は自分に向けるのに近かった。
「いや、でも……」
「大丈夫だから。本当に」
中野はあくまでも渋ったが、アキが最後「ファンだからさ、ちょっと一人で観るくらい許してよ」と笑ったのが功を奏したのか、5分後にはあっけなく同期は撤退の準備を始めていた。
「まあ、編集長も直帰で良いって言ってたしな」
「何かあったら電話よろしく」
「おう。じゃあまた明日な。お前もほどほどにしとけよ」
午後になるにつれ、個展会場は人であふれ始めていた。
そのお陰なのか。
独り残されたとはいえ寂しさを極力感じなかったのが怪我の功名と言うべきだろうか?