蜂蜜漬け紳士の食べ方
アキが画家である伊達圭介と付き合いを始めて、真っ先に議論されたのは『関係を公にするか否か』であった。
結論はすぐに二人一致した。
『この関係は公にしない』という選択肢だ。
桜井アキの元・取材担当が伊達圭介であったこと。
もしかしたら今後も、取材に限らず、画家と編集者として仕事で関わる可能性もあること。
二人は紛れもなく社会人で、かつ、その職場で関係を持った以上、それは適切なケジメにも思えた。
職場の人間からいらぬ干渉を受けるかもしれない、ということより
仕事をしづらくなるのが何よりもアキに引っかかったのだ。
もし編集部のほかの人になった場合を考えれば、やはり恋人同士で仕事をさせるとなると、どこか突っかかりを感じるだろう、と。
彼女より年を重ねた伊達の考えも、これと同じだった。
…もしかしたら彼は、以前同じようなことがあったせいなのかもしれないが。
アキはため息混じりに、スマートフォンの画面をメインメニューに戻し、再びスーツズボンのポケットへと押しこんだ。
働いている以上、自分ではどうにもならない予定外の事案というのは、どうしたって出てくる。
それはまさしく、今この瞬間と同じように。
その度に相手から「どうしてなんだ」と責められるのは、切ないのと同様に苛立ちも感じるだろう。
だから今日の伊達のように、あっさりと「じゃあまたね」とドタキャンを許してくれるのはとても気が楽だ。
…まさしく、今日のあんな感じのように。