蜂蜜漬け紳士の食べ方
「今度ぜひ伊達先生の絵についてお話したいです」オオシマが続けた。
「そうですね、ぜひ…」
唇の端が凝り固まったように感じるのは、果たしてアキの気のせいだろうか。
「伊達先生との制作活動はいかがでしたか」
中野から繰り出された本題に、シャッターボタンにかけたままの彼女の指が固まる。
この一問でこの有様なら、もしかしてこのインタビューが終わる頃には全身動かなくなっているんじゃないだろうか。
「とても有意義でした。
先生のアトリエ…にお邪魔していたんですが、やはり雑誌のモデルと美術モデルはまるきり違いますので、勉強させて頂きましたね」
「具体的には?」
「雑誌のモデルであれば、シャッターを切る一瞬に全てを出し切ります。
瞬きほどの瞬間に、自分の伝えたい事とかニュアンスを乗せる訳です。
ですが美術のヌードモデルというのは、画家先生の求めるポーズや表情を長時間キープするんですね。
そこに私の伝えたい事や自我は一切入れないで欲しい…伊達先生はそう仰っていました。
『モデルという画材から伝えたい事を探すのは画家の仕事だ』と」
「はあ、なるほど」中野が相槌を入れる。
「学生の頃、何度かデッサンモデルをしたり、逆にデッサンをしたりしていましたが、『自我を無くす』事を求められたのは伊達先生が初めてでしたね。
考えてみれば学生の頃のデッサンモデルで、…どちらかといえばただ無心でいたというか…立っていただけ、というのは否めませんので。ふふ」
中野は大きくうなづきながら、手元のペンを走らせる。
伊達との制作状況を語るオオシマの声は、凛としたものだった。
その声の端々に感じられる調子に、伊達の美術モデルは本当に有意義だった、楽しかったのだとアキですら分かるほどに。
「…その他、まだまだ未熟な私にとても紳士的にして下さって。
絵画の事や制作に関する事など、たくさん教えていただきました」
カラリ、と潤んだ音がアキの耳に触れる。
オオシマへ用意していたグラスの水がすっかり温くなって、溶けた氷で体積が増えているようだった。
アキはここでようやくシャッターを切る。
惰性に任せたそれでも、ファインダーの中のオオシマは何の脚色なく美しかった。
───この女性が一糸まとわぬ姿で伊達さんの前にいたのか。
アキの脳裏に、やたら濃密な妄想が浮かぶ。
そしてそれと同時。
週刊誌の記事の文字が瞼にちらついた。
『天才画家・伊達圭介の恋人疑惑』───。
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