蜂蜜漬け紳士の食べ方
クッキーなんて、いかにも『家庭的なんです私』アピールかもよ?
「いやあ、本当に良い人だったなぁ、オオシマさん。
俺らなんかのためにクッキーまで土産にくれて」
そのうち女優とかも狙っちゃって、そのためには名もない下っ端にも良い顔しておけー、みたいな?
「そうだね、感じが良い人だった」
でもさ、長い時間伊達さんのマンションに二人っきりだったんだもん、もしかしたら体で迫ってるかもしれないじゃん?
「お、なかなか旨いじゃん。桜井も食ってみろよ、お手製クッキー」
私がクッキーなんて焼いたら、それこそ頑固飴みたいになるのに。
「うんうん、美味しい!すごいなぁ、可愛い上にこんなのも作れるなんて…女子力高いよねー」
それに美大出身のオオシマさんの方がずっと専門的な話が出来て、伊達さんも楽しいだろう。
「ありゃあファンになるね。俺も今日からオオシマ・ムツミファンになるわ」
それに美人だし、スタイルもいいし、私なんかにもお土産持ってきてくれるような人柄だし…。
「あはは、何それ。でも確かに、私もファンになっちゃう、かも…」
アキは、鼻の奥に強烈な痛みを感じた。
その時になってようやく、どす黒い感情がべったりと全身にまとわりついていたことに気づく。
「どうした、桜井。さっさと片付けて編集部に帰るぞ」
「あ、うん、ごめん…」
それは今までに感じた事のない、嫉妬。嫌悪感。罪悪感。
たった一回会っただけの人間にここまで悪感情を抱いたことなど、もちろん彼女には無かった。
なのにさっきまでどうだったろう。
中野がもし「感じ悪い人だったな」と一言口にすれば、きっと自分は瞬く間にオオシマ・ムツミへの罵詈雑言を履き散らしていたのではないか。
そこまで考えて、彼女の背筋にはぞっと鳥肌が立った。
果たして、自分はここまで底意地が悪い女だったろうか?
たった1時間仕事上で話しただけで、しかも好意で手作りのお菓子までくれた女性を滅多打ちにしそうになるなんて。
オオシマ・ムツミは、人当たりの良い女性だった。
底抜けに。同じ女性だから、より一層それが分かる。
アキが伊達圭介のファンだと知った時の笑顔は、オオシマの素顔を垣間見れた。
なのに、自分は、こんなに嫌な人間だっただろうか?
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