蜂蜜漬け紳士の食べ方

編集長は、中野作のオオシマ・ムツミのインタビュー記事にご満悦のようだった。


「いやあ、インタビューしておいて良かった!わははは」

塩せんべいをバリバリ噛み砕きながら、編集長が豪快に笑った。


「記事スペースが少なくても、第三者から見た画家の制作状況ってのも興味深いもんだからな」

せんべいが噛み砕かれる音に、編集長と中野の会話が混じる。


「いやあ、噂以上に人当たりが良い女性で助かりました」

中野は、インタビューの終わりにオオシマから手作りのクッキーを貰った事を社内に吹聴して歩いていた。
アキの記憶では確かに、インタビューをした人物から差し入れを貰う事など今までに無かった。


「そうかそうか。まっ、伊達大先生も若い美人のモデルでさぞや筆が進んだんじゃないか。
しかもヌードだろ、ハハハハ。個展の評判も良いしなぁ。伊達先生様々だな」

編集長の下品な発言に反応したのは、どうやらアキだけだったようだ。
隣の綾子は、自身の記事作成に夢中だ。


「ええ。ネット掲示板で調べても、なかなかの評判ですよ。一時は死亡説まで流れた伊達先生が顔を出したってのも大きいとは思うんですがね」

「さーて、あとは個展終了後の打ち上げパーティーの記事でまとめだな。
…おおい、桜井ー」


何気なく耳にしていた会話の矛先が突然向けられ、思わずビクリとアキの肩が揺れた。


「は、はい。何でしょうか」

「前から話していた、伊達大先生ほ個展打ち上げパーティーの件だが。
記者枠で中野と桜井の分取っておいた。存分に取材してこい、頼んだぞ」

「…はい、分かりました」


アキは、中野と談笑を始めた編集長に軽く会釈し、再び視線をパソコンへ向き直した。
キーボード脇に置かれたスマートフォンの点滅に気づき、何気なく画面を確認するも、メールで来ていたのは、どうでもいいネットショッピングのメルマガだけ。

個展の取材日から何日経っても、伊達から連絡は一向に来ていない。


「…………」


アキは事務机の引き出しへ投げ捨てるようにスマートフォンを放り込み、乱暴に閉じた。


メモ代わりとしてデスクに貼り付けた付箋。そこに書かれた日付は、今日から一週間後。
『伊達圭介個展 パーティー』は、午後6時からだ。


「伊達先生、すーっごく評判良いみたいですね」


思わずアキの唇から漏れた溜め息に気づいたのか否か、記事作成に飽きたらしい綾子が飄々と言った。


「評判って?」

「個展はもちろんですけどぉ、…ほら、これ」


綾子は、どぎついピンクのカバーをはめたスマートフォンの画面を指差す。


「伊達先生がイケメンだって、もっぱらの評判ですよ」


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