蜂蜜漬け紳士の食べ方
ベージュネイルをした綾子の指が、するすると画面を滑っていく。
後輩の言うとおり、個展の感想を書いた個人のブログがズラリと連なっている。
しかもブログ背景には可愛らしいパステル色が多いことから、アキがブログをひとつひとつじっくり読まなくても、その書き込み主が女性だと簡単に分かった。
そして同時に、文章にはやたらハートの絵文字が多用されている事も…。
アキの視線はそれらの表面のみをうまく滑って行った。
綾子がご満悦そうに笑う。
「確かに先輩、取材の時に言ってましたもんねー、伊達先生の顔は整ってるって…。
あ、ほら。このブログなんて個展講演の時の伊達先生の写真載せちゃってますよ。肖像権侵害ですけど」
とは言いつつもどこか嬉しそうな綾子が、こっそり写された伊達の画像を見比べていく。
「ふふふ、イケメン~。これで有名画家なんて、そりゃあ女のファンが大量につきますよね。
でも何で今までマスコミに顔を出さなかったんだろ?」
「そりゃあ…もちろん…こういうファンにつきまとわれたくなかったんじゃない」
「あーそっかぁ。
でもどうなんですかね。週刊誌に『恋人報道』されてるじゃないですか。
やっぱり恋人いるんだろうなぁ~…」
「綾子。そういえば今日チェックの記事校正、提出したの?」
「え?…あっ」
「早く仕上げた方がいいよ。今晩デートなんでしょ?彼氏さんと」
「すっかり忘れてました!先輩、ありがとうございますぅ」
それは明らかに、八つ当たりを兼ねた小言だった。
だがそれでも、綾子の無邪気な攻めが無くなった事にアキは心から安堵する。
中野から渡された『例の週刊記事』は、もう二度とページを捲る気が起きなかったが、どうしてもゴミ箱に放り込むのはためらわれた。
それが果たして『いつか伊達を攻め立てる材料』にする為かどうかは分からなかったが。
アキは、すっかり冷えたコーヒーを無理やり喉へ流し込む。
べったりと吸いつくような苦味は、気持ちの切り替えに何となく役立ちそうな気がした。
ああ、さて、別の仕事に取り掛かろう、じゃないといつまでも鬱々として…。
そう無理やり頭を起こし、いつのまにか離れていたキーボードを自分へ引き寄せた。
しかし。
彼が、それをさせてくれなかった。
引き出しに封印したアキのスマートフォンが、突如大きく震えたのだ。
メールの差出人、伊達圭介。
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