蜂蜜漬け紳士の食べ方
そっと引き出しを開け、メールを知らせる点滅を目にした。
明るい緑色とは真逆に、上向きになりかけた思考が再び地へ落ちていくのを感じる。
アキは綾子から見えない角度でスマートフォンを持ち、メールを開いた。
ああ、メールで良かった。
でなければ、この伊達からのメールにも即座に既読マークがついてしまって返信に困っているのが明らかに…。
──── 今晩、君に見せたいものがあるんだけれど。
そうは思ってみたものの。
アキの思考は、たったこの一文で固まった。
──── 今晩、君に見せたいものがあるんだけれど。
久々の伊達からのメールは、これだけだった。
何を、どう、アキに見せたいのか、そんな憶測が一つも立たない簡素なメールだった。
見せたいもの?
見せたいもの?
なに?
純粋な好奇心が、前向きな返信を返そうとする。
だけど。けれども。
以前、「忘れ物があった」なんてパターンで彼に引っかけられたじゃないか。
「…………」
返信を返そうと動く指が、無駄な空白を打ち込んでいく。
正直、今。
伊達と会う事に後ろめたさを感じていた。
しかしそれは彼女から一方的であって、彼から明確な別れ話をされた訳でもないし、拒絶された訳でもないのだ。
だけど。けれども。
「…………う」
返信を返そうと動く指が、今度は無駄な「あ」の文字だけを大量に打ち込んでいく。
メールに既読マークがつかなくても、返信に困るのに変わりはなかった。
アキはスマートフォンをデスクに伏せ、いつの間にか頭を抱えていた。
こうやって考え込む癖は、悪癖以外に他ならない。それは十分分かっている。
だけど。けれども。
「………南無三…っ」
─── 分かりました、どこで待ち合わせしましょうか?
アキの指は、本人の意思と違ってやたら前向きな返信を返していたのだった。
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