蜂蜜漬け紳士の食べ方
だって、彼は何も語っていない。
「君が心配することは何もない」と言いながら、果たしてこの記事の写真に写る男が伊達なのか、そして記事が本当なのかどうか…伊達は、何一つアキへ話していないのだ。
「…あの、伊達さん。この記事って、本当なんですか?」
「本当、というのは?」
「夜に女性とお食事に行ったっていう…」
その問いに、伊達は実に軽く答えた。
「本当だよ」と。
それは恋人として結構な爆弾発言であるだろうにも関わらず、アキは表情を変えなかった。
しかし、1コンマ遅く吸い込んだ息はひどく重苦しく肺を痛ませたのは間違いない。
伊達が続ける。
「それ、写っているのは例のモデルの子なんだ」
「オオシマムツミさんですか」
「よく知っているね」
「この前インタビューしたので…」
「へえ、そうなの。
まあ、簡単に言えば美術モデルのお礼として一回だけ食事に連れて行ったんだ。その時の写真を上手く撮られた」
瞬きを忘れた目が、ちりちりと痛み始める。
それでもアキは目の前の男を見られない。
「でもその記事にあるような事は一切無いし、それに──」
「記事にあるような事ってなんですか」
淡々としたアキの声に伊達も少々驚いたのか、ほんの少しの間ののち、返答があった。
「…それはつまり、アキとするような事は一切していないってことだよ」
ここまでで、アキは、当初指先を濡らすようなヒヤリとしたものが全身へ広がっていくのを感じた。
それは寒気とか冷気とか、そういうものではなく。
伊達に対する冷ややかな怒りだった。
だがそれはどこに矢印を向けた怒りなのか。
アキに黙って、モデルの女性と食事に行った事?
週刊誌の記事について今更弁解している事?
それを少しも悪びれる風もなく、簡単にアキへ謝っている事?
仕事なのに、一連全てを丸く受け入れられない自分の心の狭さ?
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