蜂蜜漬け紳士の食べ方
長い沈黙があった。
渇いた口から出るのは細く長い呼吸だけで、この場を温めることなんて少しも出来ない。
そして、伊達もまた、無言だった。
アキの隣に座ることもなく、ただそこに突っ立ったまま。
それは年下の彼女の動きを見ているような、一種の余裕すら感じられる。
飲みこんだ唾が苦く感じる。
──もしかしたら、今飲みこんだのは自分の本音かもしれない。
そう感じつつも、アキはニヘラと笑って伊達を見上げた。
「伊達さんも大変ですね」
「うん?」
「だって、お仕事の一環で食事に行っただけで、へへ、恋人扱いなんて、笑っちゃいますよね」
アキの言葉に、伊達も薄く笑って答えた。
「…週刊誌騒ぎは別として、個展は何事もなく終えられてね。
関係者を招待して、簡単なパーティーを開く予定なんだ…まあ主催はスポンサーなんだけど」
「ええ、聞きました」
「キャンバニストの面々も来るんだろう?誰だい、編集長?」
「一応、私と…個展の時に私と一緒にいた男性編集者と二人です」
「へえ…そう」
伊達は、週刊誌をゴミ箱へ無造作に突っ込んだ。
マスコミ嫌いの彼からしたら、もしかしたらゴミ以下のモノかもしれない。
「でも当日はインタビューやらは受けられないかもしれないな。
関係者を呼ぶから、挨拶回りで手いっぱいだと思うんだ」
「それは大丈夫です。当日の挨拶とか、会場の様子やらを少し文章にするだけなので…」
「悪く書かないでもらいたいね」
「今更ですか?ふふ」
久方ぶりに交わされる談笑に、リビングの空気がようやく緩まった。
伊達がアキの隣へ座ると、柔らかなソファが大きく跳ねる。
しかし、鼻についた油絵の具の匂いが、あの車内での記憶を鮮明に蘇らせた。
「…アキ、もう夕飯は済ませたかい?」
骨々しい手が、強く強くアキの手首を掴んだ感触。
「もしこの後時間があるのなら、夜食でも頼んで…」
無理に押し付けられたかさついた唇。
…今までずっと紳士的だったのに、急に見せられた「男」の顔。
アキは、考えるより早く「すみません」と口に出していた。
「帰ってから校正しなきゃならない記事があって」
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