蜂蜜漬け紳士の食べ方
【5】 蜂蜜漬けより、甘いモノ

『一週間後』
『金曜日、午後6時』

このワードだけがやたらアキの脳内にべったりと張り付いていた。

伊達圭介の個展開催記念パーティーである。


本来ならば、取材とはいえパーティー出席なのだから『それなりの格好』をしなければならないのだが。
本来ならば、パーティー出席者の面々を少しでも調べて、記事の下準備をしなければならないのだが。


「はー…」


彼女はただ長い細い溜め息をつくだけで、それを行動に移すことはなかった。

いや、それは語弊だ。
行動に移すことが出来なかった。
この表現に尽きる。


「いいなぁ~、私もパーティーに出たいなぁ~」

対して隣席の綾子は、頬杖をつきながらうっとりと溜め息を漏らした。
アキのそれとは反対の、ピンク色の溜め息だ。


「先輩、もうドレス用意したんですか~?」

まさに夢見心地の口調に、アキは少々ムッとして答える。


「してない。ビジネススーツで十分じゃない…取材だし」


そんな事をぼろり言えば、綾子は「何て非常識な」と言わんばかりにのけぞる。


「えっ、まさか先輩、いつもと同じスーツでパーティーに行くつもりなんですか!」

「…だって…取材だもん」


後輩は、その自慢のゆるふわカールを存分に揺らし、大きく首を振る。


「ダメですダメダメ!絶対ダメ!」

「ええっ…何で…」

「だってパーティーですよ!?取材とはいえ、あくまでパーティー!
20代ピチピチ女子が黒いスーツで出席するなんて、逆に会場で目立っちゃいますって!」


果たしてアキが20代『ピチピチ女子』なのかは別として。
目の前で次々と繰り広げられる後輩からの批判に、さすがのアキも困惑を始める。

いかにも自分が非常識極まりない行為をしようとしている…そんな気すらしてくるのだ。


「そ、そんなにやばいかな。スーツでパーティー出席って」

「やばいですよ。目立ちますよ。ヘタしたら、キャンバニスト編集部自体が他の業界人に目をつけられるかも!」

「えええっ!そんなに!?」

「先輩、パーティードレスは持ってるんですか?」

「…結婚披露宴に出席する時のなら」

「何色ですか」

「……ピンク色」


綾子はもっともらしく考え、唸り、そして大きくうなづいた。


「分かりました、私に任せてください」

「は?」

「買いに行きましょう、一緒に!」



.
< 54 / 82 >

この作品をシェア

pagetop