蜂蜜漬け紳士の食べ方
【5】 蜂蜜漬けより、甘いモノ
『一週間後』
『金曜日、午後6時』
このワードだけがやたらアキの脳内にべったりと張り付いていた。
伊達圭介の個展開催記念パーティーである。
本来ならば、取材とはいえパーティー出席なのだから『それなりの格好』をしなければならないのだが。
本来ならば、パーティー出席者の面々を少しでも調べて、記事の下準備をしなければならないのだが。
「はー…」
彼女はただ長い細い溜め息をつくだけで、それを行動に移すことはなかった。
いや、それは語弊だ。
行動に移すことが出来なかった。
この表現に尽きる。
「いいなぁ~、私もパーティーに出たいなぁ~」
対して隣席の綾子は、頬杖をつきながらうっとりと溜め息を漏らした。
アキのそれとは反対の、ピンク色の溜め息だ。
「先輩、もうドレス用意したんですか~?」
まさに夢見心地の口調に、アキは少々ムッとして答える。
「してない。ビジネススーツで十分じゃない…取材だし」
そんな事をぼろり言えば、綾子は「何て非常識な」と言わんばかりにのけぞる。
「えっ、まさか先輩、いつもと同じスーツでパーティーに行くつもりなんですか!」
「…だって…取材だもん」
後輩は、その自慢のゆるふわカールを存分に揺らし、大きく首を振る。
「ダメですダメダメ!絶対ダメ!」
「ええっ…何で…」
「だってパーティーですよ!?取材とはいえ、あくまでパーティー!
20代ピチピチ女子が黒いスーツで出席するなんて、逆に会場で目立っちゃいますって!」
果たしてアキが20代『ピチピチ女子』なのかは別として。
目の前で次々と繰り広げられる後輩からの批判に、さすがのアキも困惑を始める。
いかにも自分が非常識極まりない行為をしようとしている…そんな気すらしてくるのだ。
「そ、そんなにやばいかな。スーツでパーティー出席って」
「やばいですよ。目立ちますよ。ヘタしたら、キャンバニスト編集部自体が他の業界人に目をつけられるかも!」
「えええっ!そんなに!?」
「先輩、パーティードレスは持ってるんですか?」
「…結婚披露宴に出席する時のなら」
「何色ですか」
「……ピンク色」
綾子はもっともらしく考え、唸り、そして大きくうなづいた。
「分かりました、私に任せてください」
「は?」
「買いに行きましょう、一緒に!」
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