蜂蜜漬け紳士の食べ方
あれよあれよと言う間。
綾子に決められたドレスは、確かに彼女が力を入れて勧めるだけあって、シックかつ上品な深い青、ほどよいフレアがあしらわれたデザインだった。
現在アキが持っているピンクのパーティードレスより、ずっと品がある。
しかしなぜか、購入したアキよりも綾子の方がご満悦そうだ。
「お買い上げありがとうございました、またよろしくお願いいたします」
後輩とのショッピングは意外にも短く、1時間ほどで終わった。
しかしブティックの店員に店の外まで見送られてから気付いたが、さすがに外は真っ暗だった。
仕事終わりに店へ駆け込めばそうなるだろう。
「すてきなドレスですよ、絶対先輩に似合いますから~」
「ありがとう綾子。私だけじゃドレスも選べなかったよ」
「いいんです!私も楽しかったので。うふふ」
とはいえ、今度のランチくらいは後輩にご馳走しないとな、とアキは苦笑する。
「先輩。明日の伊達先生のパーティーって誰が来るんですか?」
「んん…中野くんの話だと、日本画家の…なんだっけ、太っちょの…小河原先生と」
「うげっ、あのエロオヤジか」
「あとは各社の記者。個展主催のスポンサー…一応、パーティーは最低限の関係者だけで小さくまとめるって話だけど」
会社帰りのサラリーマンや学生で溢れかえる大通りを歩きながら、綾子はニヤリと笑った。
「どうですかねぇ~、それ」
「何が?」
「関係者だけでまとまるような小さなパーティーで済みますかね?」
「え」
「伊達先生って、今までマスコミ嫌いだったじゃないですか~。
恐らくスポンサーの主催でパーティーをやるんでしょうけど…ようやくメディア露出が出てきて、売れ始めた画家を売り込む機会を逃すはずがないですよ~」
「う…確かに」
「パーティーなんて、業界人同士の繋がり作りが目的なんですから~」
綾子の指摘は、まさしく正論だった。
伊達と懇意にしているとも思えない小河原画家がパーティーに出席する、と銘打たれているのもそうだし(伊達がその事実を知っているかは分からないが)、スポンサーがただの親切心だけで一人の画家を援助する…なんてもはや明治頃の話だ、今の時代にはもちろん『ギヴアンドテイク』の関係が生じている。
旨味が無ければ、スポンサーはつかないのだ。
とすれば。
やはり、伊達が望むような小さな打ち上げパーティーではなく、スポンサーが好きに業界人を呼んだ大々的なパーティーになるかもしれない。
そこまで考えて、アキはどことなく安堵する。
パーティーに出席する人数さえ多ければ、一人一人が数に紛れる。
数に紛れれば、伊達と直接接触する機会も自ずと減るに違いない。
アキはブティックの紙袋を持ちかえて、綾子には聞こえないように小さな溜め息を噛み殺した。
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