蜂蜜漬け紳士の食べ方
いよいよパーティー出席の時間が迫ってきた。
胃にシクシクのし掛かるような痛みを感じながら、アキは綾子にされるがまま女子更衣室でヘアセットをされている。
「どうでしょうねぇ~。うふふふ!」
この一言は、小河原と伊達が会場で喧嘩をしないか否かについての、綾子の返答だ。
「ほら、芸術家の人って良くも悪くもこだわりが強いじゃないですか~」
後輩にぐいぐいと髪を後ろに束ねられながら、アキは苦く笑った。
食事の代わりというほどに甘いモノばかり食べている某偏屈画家を思い出す。
「で、更にまた、人づきあいで媚びるような必要は感じないっていうか…独りでも別に平気って感じだし」
「あー…うん…」
「伊達先生は人づきあいそのものが嫌いで、そんでもって小河原先生は周りに媚びて欲しいタイプで。
まさしく火に油…違う、水と油ですよねっ」
綾子は、明らかに『油をたっぷり注がれた炎』が見たい気持ち丸出しで声を弾ませる。
「あーあ、私も行きたかった~。もしかしたら、美術界の素敵なオジサマ方とお近づきになれたかもしれなかったのにぃ」
時折、毒もまじえながら。
「でも今回はインタビューとか無いし、パーティーの雰囲気を記事にするだけだから。
いたた、ちょっと綾子、髪痛い」
「あっすみませーん」
「…そんなパーティーで都合よくロマンスはそうそう起こらないでしょ」
「何言ってるんですか先輩!いつだって人生はロマンスのきっかけに溢れてるんですよっ!」
「はいはい…」
いつも完璧な『ゆるふわカール』で出勤してくる後輩は、さすがにヘアセットには手慣れたものだった。
簡単な櫛と、彼女曰くロッカーに常備してあるという小さなヘアアイロン一つ。
そこに15分の時間を掛けただけで、アキの『仕事をするうえでは支障のない髪形』はあっという間にお呼ばれパーティーヘアに変わった。
綾子はそこにやたらキラキラしたヘアアクセを付けたがったが、そこは何とか断れた。
「おう、馬子にも衣装ってこのことだな」
帰宅の空気が流れ始めた編集部で、いち早く編集長がアキの格好を見てぼやく。
「セクハラ、素直に受け取っておきます。編集長」
「何だ何だ?苦い顔して。一番の化粧は笑顔だろうに」
「いえ…いろいろと懸案事項が増えたものですから」
「ふーん?まっ、会社の経費で旨いもんでも食えると思っておけよ。ははは」
こなれたスーツに明るいシルバーのネクタイを合わせた中野と共に、タクシーに乗り込んだ。
パーティー会場は、編集部より少し離れた横浜のホテル上階だ。
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