蜂蜜漬け紳士の食べ方

ワンフロア全て貸し切った『会場』は、既に人という人で溢れていた。
もしかしたら個展会場の時よりも多いかもしれない。

アキ達の到着が開場時間より少し早かったためだろう。
受付の開始を待っている人が、会場外のフロアにひしめき合っている。

記者だろうが美術界の大物だろうがスポンサーの関係者だろうが、最早人の数が多すぎて区別する事は不可能だ。
ただ、華美なドレスや上質なスーツなんかがチカチカと目に眩しいだけ。
いつもよりずっと高いヒールを弄びながら、アキはその熱気に少し溜め息をついた。

隣の中野が、同じようにエレベーターを降りた瞬間にヒュウと口笛を鳴らす。


「すっげぇな。ざっと80人はいそうだ」

いつか伊達が『関係者だけでこじんまりとパーティーをする』と言っていたのをアキは思い出した。

しかし彼はパーティーの主催者…スポンサー側に食わされたのだろう。
こんな人数が『こじんまり』とはどうにも思えない。

それを考えると、彼女はちょっとだけ胸の鬱々とした気持ちが晴れていく。
雑然としていた人の流れが一か所に集まって行くのを見て、中野が言う。

「ああ、ちょうど受付が始まったみたいだな…俺らも行くか」


アキはハンドバッグから、編集長から渡されていた招待状を2通取り出した。
蛇行する列に10分ほど並び、きっちりとスーツを着込んだ初老のホテルスタッフにそれを手渡す。

「月刊キャンバニストの者です。今回のパーティーの記者枠として参りました」

やたらうやうやしく招待状を受け取ったスタッフは、穏やかな笑みを変えないまま、手元の名簿に何かを記していく。

「かしこまりました。手荷物はクロークに預けて頂けますか。
クロークはあちらになります。…それと、記者枠の方にはこちらのリボンを胸元に着けていただいております」

渡されたのは、ふっくらと形取られたクリーム色のリボンだった。
それは無地で、わざとらしく『記者』と書いていないあたり何とも上品ぶっている。


「うーん…他の雑誌の奴らも来てるっぽいな」

後ろにいた中野の声に振り返ると、先に受付を終えた数名が同じクリーム色のリボンを付けていた。
アキ達と同じように男女ペアの編集者もいれば、女性だけのペア、はたまた一人で参加しているらしい編集者もいる。

ここでようやく彼女は、後輩の綾子にドレスを見繕ってもらったことに心から安堵した。
でなければ、他の雑誌編集者達が色とりどりの煌びやかなソレを纏っているのに、アキ一人だけが黒いスーツでは、見劣りも見劣り、挙句には常識外れになるだろう。

開け放たれた両開きのドアから漏れ出てるのは、しっとりとしたクラシック。
それに足を絡められるように二人はパーティーの会場へいよいよ足を踏み入れた。


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