蜂蜜漬け紳士の食べ方
スタッフから渡された冷たいウーロン茶が喉を滑り降りていくと、アキはようやく会場の状況を見渡す余裕が出来てきた。
記者枠としての参加者はおおよそ10名ほど。
残り80人ほどは関係者なりスポンサーなり…美術界の大物なり。
アキ個人が取材した事は無いにせよ、他社の美術雑誌で見た事があるような顔ぶれも多い。
本当にここにいる全員が伊達の知り合いなのだろうか?
「桜井も食べろよ、ほら」
そんな心配をよそに、中野はいつの間にか円卓上のオードブルを摘んでいた。
何かのペーストがクラッカーに載っているものだが、アキはその正体が分からないまま口に運ぶ。
とりあえず、美味しいモノは美味しい。緊張のせいか、やたらクラッカーが喉に張りつくのは別として。
「お…あれ、見てみろよ」
「ん?」
「小河原先生。このパーティーに招待されてるって本当だったんだな」
中野の視線の先を辿る。
行きついた先は、いつかと同じようなでっぷりとした腹…いや、前よりも幾分かふくよかになった小河原だった。
いつかアキ達が取材してきた時よりもずっと『オシャレ』だ。
皺一つつかないグレイのスーツ。やたら赤いネクタイに、ブルー一色のシャツ。
いまどき、原色のシャツなんてどこで買えるのだろう。
べったりとワックスを塗りたくっているのだろう。
皮肉にも、きらびやかなシャンデリアの光が彼のペタペタ頭を一層輝かせている。
小河原は腹をゆさゆさと揺らしながら、駆け寄ってくる人々に笑顔を振りまいている。
大分ご機嫌のようだ。
彼女がクラッカーのオードブルを飲み込む頃、中央のステージ脇に男性が一人立つ。
マイクの調整をしたのち、涼やかな声を震わせた。
「えー…皆様。本日はお忙しい中、伊達圭介個展開催記念パーティーにご出席頂き、誠にありがとうございます」
会場中の視線が、司会の男性一点へ集中し始める。
「まず初めに。個展主催者の伊達圭介より、皆様へご挨拶申し上げます……」
口の中にペーストの濃厚な味が残ったまま、アキは視線を司会男性の横へぎこちなく滑らせた。
そこには、大分長い間連絡を取っていない『恋人』が立っていた。
アキの知らないような、小奇麗なスーツを纏った男性が一人………。
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