13inch 路上のルール
夏休みの終わり頃 トールの買ったばかりの原付が4日で廃車になった.
「この構造 やばくね?!」
と言って 発売から間もなくしてさっそく買ってきた赤いZOOMER.これで隣町の地元から 港町の中央公園や港に来るのが日課になるはずだったんだけど・・・.
肩を落として電車で港町まで来たトール.原付がなくなった事をアキラに言うと 夜中のうちに 隣町のゴルフ場にそれらしいバイクが捨てられてるって アキラの知り合いからさっそく連絡があった.ネットワークすごい.
その日はScarfaceナイト at Coyote(映画観ただけ)でちょうど集まってたから 明けで現場へ向かうトールとロクヤにくっついて行く事に.
「窃盗した上に乗り捨てたぁ太ぇ野郎もいたもんだなっ」
ムッとした顔でキレるトール.トールのキレかたは正直ぜんぜん怖くなくて個人的に好き.
もし修理次第でまた乗れそうだったら アキラが仕事終わった後に車で運ぶの手伝ってくれるって約束だった.そう 自分らは場所の確認と様子を見るだけのつもりだった.

隣町は山間の町.駅周辺の繁華街を離れると とたんにド田舎になる.
バスを乗り継いで はるばるゴルフ場へ.そこかしこのアカトンボにビビりながら(昆虫すんごい苦手)ゴルフ場を囲む国道を登る.
「こんな海抜高いとこ来たの久々で息が切れる・・・」
わたしが言うと ロクヤは
「海抜とか大げさ笑」
遠足気分でわりと機嫌のいいトールも
「俺らの家の周りだってこんなもんだよ.ロクヤんちなんて近所にウシいるからな笑」
あらためて隣町まで来てみて 2人がスケボーしに港町まで来る理由が身にしみてわかった.
「こっちはホント田舎だからさ 高校出たら港町住もうかと思ってんだよね.あっちのほうが仕事あるし スケボーできるし いろいろと便利だし」
そう話すトール.わたしは自分の地元が褒められてるような気がして嬉しかった.けどふざけてトールをいじる.
「隣町だって繁華街あるから就職先に困らないじゃん」
「俺らなにすりゃいーの笑」
トールはホストくん ロクヤは筋肉質だからゲイバーだな.そう言うと2人に頭をぐしゃぐしゃされた.

ゴルフ場を見下ろせる斜面の草むらにZOOMERはいた 変わり果てた姿で.前後のタイヤに何本もの五寸釘 ボコボコのフレームやマフラー そして油性塗料で書いた後に火をつけられたんだと思うんだけど〝売女のガキ〟の文字がシートでただれてた.
「わっ・・・」
思わず声が漏れる.
「ひっでぇ・・・!これ・・・」
声を荒げるロクヤ.
「うん たぶんな」
なぜか冷静な被害者トールは 黙ってバッグパックから工具を取り出しながら
「いいさ 大した事じゃねーし」
と言って黙々とナンバープレートをいじりだした.いつものトールらしくなかった.
よく話が飲み込めないけど 2人は犯人の目星がついてるって事かな?それが共通の知ってるヤツなの?あと こういう時ってまずは警察に通報してさ 器物破損で損害賠償ちゃんともらわなきゃだよね!
・・・と 頭では整理できてるんだけど あの文字がすごく気になって意見する勇気がなかった.

中3のわたしだって〝バイタ〟って言葉は知ってた.それにこんな酷い事されなきゃならない理由って.隣町や家の事はなんにも話さない2人の 知られたくない事を知ってしまった気がして 説明つかない申し訳なさに首を絞められる.
「この原付 俺の兄ちゃん名義で買ったんだよね.俺だけで話まとめたいから警察はやめときたいんだ.家庭の事情ってやつだから ね! あっ アキラさんにも俺から電話しとくから」
明らかに悔しいのに無理してるトール.ナンバープレートを外して先に帰って行った.かわいそう すごくかわいそうだ.怒りを押し殺して無理して笑ってる本人を見てると こっちが落ち込んでくるよ.

ロクヤはトールと高校が別だった.でもロクヤの高校でも トールは有名なんだって.トールの兄ちゃんが隣町では有名な怖い人だったらしく だから中学の3年間は特に不自由はなかったらしいんだ.
そんでトールはすごくきれいな顔してた.二重で笑窪があって サラサラの金髪がすごく似合ってて なんかジャニーズにいそうな感じ.よく笑うし話もおもしろいし モテるんだろうなって思ってたよ.知らないけど.
でも高校へ入ってからのこの半年 そこが逆に上級生に目をつけられる理由になっちゃって 嫌がらせがハンパないらしいんだ.ロクヤが教えてくれた.
その上級生とやらが なんでそんなにトールを目の敵にするのかは理解し難い.
「トールなんにも悪くないじゃん」
悔しさでつぶやきが漏れる.
「そう.あいつのすげーところはさ 絶対やり返さないんだ.だからなんにも悪くない.それがあいつのやりかただから俺も合わせてんだけどさ」
意外だった.トールは喜怒哀楽がはっきりしてて いたずら好きで すぐ人を挑発するのに.
「そっか トールもロクヤと同じでケンカは好きじゃないんだね.そんなトールをなんでほっといてくれないんだろ」

実はこの日 トールの高校は午前中 3年生だけ登校日だったらしい.現場のゴルフ場からトールの高校はすぐ近くだった.
「俺はあいつほど忍耐強くねーから」
そう言うとロクヤは堂々と正門から侵入しようとした.
「いやちょっと待て!」
焦った焦った.ロクヤは別の高校の生徒 わたしは中学生 そして2人揃って私服だ.それがどんだけまずい事か.いや自分でも学校て大袈裟だなーとはよく思うんだけど とにかくここの教師達にバレたらいろいろとめんどくさくなる.今自分らが大きい行動すると トールはきっとお兄さんと話をつけづらくなるよ.

それにしてもロクヤの怒りはおさまらない.ロクヤがこんなに怒ってるのはじめて見た.すっげぇ怖い.
「ねぇ 目星ついてるの?」
「名前は知らねーけど 3年生3人と 2年生が2人.俺もトールと隣町駅にい時 何度も絡まれた」
・・・なるほど.それじゃぁロクヤだってなおさら腹が立つよな.いつもならトールよりも口数が少なくて 悪ふざけするトールをなだめるのだってロクヤのほう.けど こんな時は違うんだな.この2人の組み合わせはますます好きだって思えるよ.

高校近くの公営団地に来た.駐輪場を片っぱしから巡回する.中学生や高校生が学校で禁止されてるチャリや原付を 朝 近所に駐車して通学するなんてよくある話じゃんってのがロクヤの狙い.
「あった これだこれだ 俺らを先週追い回したクソ原チャ」
やっぱり見つけた.
ALBAROSAのステッカーがやたら貼ってあるだっさい原付.さてどうしてくれようかという時 すぐそこに燃えるゴミが山積みになっている.きょうはゴミの日.
2人であさりはじめると この時はもういつものロクヤの顔に戻りつつあった.自分は片栗粉にしようと言ったんだけど ロクヤは砂糖をゆずらなかった.言い争った末 両方をガソリンタンクに入れることにした.
もうすこし進んだ先にもう1つ ロクヤには見覚えのある原付があった.ポスカかなんかで ヘッタクソなハイビスカスが描いてあるしシートは豹ガラ.センスないなぁ・・・ トールの フレームにネット張っただけだったカスタムZOOMERが なおさらカッコよかったのになぁと悔やまれる.
なぜかこの時代は こんなセンスのない〝eggかぶれ〟がいっぱいいた.この原付については 2人の意見一致で固めるテンプルを入れておいた.
「少しは気ぃ晴れた?」
「おうっ」
そか.よかった笑.スケボーしたりっていういつもの遊び以外でロクヤといるのは新鮮だ.せっかく来た隣町だったし いろいろ案内してもらいつつ この日は少し一緒に遊んでから解散した.

次の週 トールは中央公園に来なかった.ロクヤとシンジさんとスケボーしてたら 公衆電話からシンジさんのケータイに連絡がきて
「俺用事があって 今日行けないっす」
トールだった.駅のホームっぽい音がしたよとシンジさんが言った.この日はアズマさんがいなくて アキラがロクヤを車で隣町まで送ってくれる事になっていた.
夕方になってアキラが来ると シンジさんと 自分にも車に乗れって言ってくれた.
「Coyoteで食ってからみんなでロクヤ送ってこうぜ」
アキラの提案に大賛成.そのまま夜まで4人でいることになる.

夜 公衆電話から こんどはアキラに電話があった.トールだ.
「あの ロクヤたちには内緒でお願いしたいんすけど 俺今・・・」
ってはじめにきりだした.音量最大だからわりかし聞こえた.
「いや今ので聞こえちゃったけど」
アキラが言うと 「えっ」と反応した後 電話のむこうで5秒ぐらいトールは無言になった.
話の内容はこうだった.渋谷まで来てるんだけど お金がないうえ終電逃して帰れなくなったから アキラに迎えに来てほしいとのこと.4人で爆笑した.トールはなぜかお金がないとか終電逃すとかがよく似合う.
「それで あの・・・ 女の子も1人一緒なんですけどお願いします」
電話を切ると アキラは
「ロクヤとエミも行くぞ」
と言った.別にそれはよかったんだけど・・・なんで自分も?妹のリクちゃんが待つシンジさんを家まで送って わたしとロクヤも渋谷まで行くことになった.

名指しされて渋谷まで同行するという事は なんか事情があるなら今のうちに説明しろっていうアキラのサインだったらしい.出かける前 アキラがアサギさんにコーヒー作ってもらってる間に
「俺から話すけどさ もうエミも話していいからな この際」
ってロクヤが小声で教えてくれた.という事で 車の中でロクヤはアキラに トールの兄ちゃんの話を切り出す.
「あいつの兄ちゃん今仕事が渋谷なんすよ.今日はたぶん こないだボコられた原チャの話しに行ったんじゃないすかね」
アキラは驚いてバックミラーごしにロクヤを見る.
「は?トールあいつ原付なんでもなかったって言ってたぞ.普通の盗難じゃなかったのか?」
アキラは少し考えながら続けた.
「うわぁ・・・あの原付たしかケンショーくんが半額持ったんじゃなかったっけ.トール説教されに行ったなこりゃ」
ケンショーさんとやらが トールの怖い兄ちゃんの名前らしい.ここで自分は疑問がわいて 2人に聞いてみた.
「え どゆ事? なんで普通の盗難はまだよくて 壊されると説教になるの?」
だってさ 盗難だとトールの不注意って事で説教されるならまだわかるよ.でもトールは 上級生の悪意から高価な物を残酷に壊されたんだよ.あんなの嫌がらせの域を超えまくってる.トールは一切悪くないじゃんか!
アキラはわたしの考えを頷きながら黙って聞いてくれた.そしてゆっくり話しはじめる.
「ケンショーくんて人はな 男臭くて厳しい人なんだよ」
「うん それで?」
「自分の弟がナメられてんの気に入らないんだよ.あの人トールとは性格が真逆なんだ.弟溺愛してはいるんだけどね」
「溺愛してるならそのケンショーさんて人がトールのヘイターに直接言えばいいじゃん.やめろって」
「んー・・・ ケンショーくんの考えとしては ナメられるトールに原因があるから 説教というか気合いを入れ直させたいというか・・・ 喝!ってやつ?をやりたいんだよね.エミわかる?」
「もっとわかんなくなってきた・・・」
つまりトールは兄ちゃんになにをされるんだろうか.
「とりあえず正座させられて 懇々と日頃の素行についてお兄さんに説教されるトールのイメージは湧いた」
アキラと 黙って聞いてたロクヤが一斉に吹き出した.なんでた.
「そうかー! エミの中ではそっちかー!」
2人とも腹を抱えて笑ってる.「たぶんそれ和室なー!」とかしばらくネタを引っ張った後 呼吸を整えてからロクヤが言った.
「あーウケた!笑ってごめんな.でもエミの言ってる事すげー正しいわ」
渋谷の手前でいったんコンビニに寄る.駐車して車から出たところでアキラはこっちをまっすぐ向いて
「そうだ エミは正しい.エミの考えかたはいつだってまっすぐだ」
って言って頭を鷲掴みしてきた.どうせなら撫でてほしかったけど.
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