13inch 路上のルール

港大橋


初秋 今年最後を思わせるような精いっぱいの台風で外では遊べず それをいいことに真昼間っからCoyoteを開けてもらった日があった.
アキラ シバさんとアサギさん アズマさんとシンジさん トールとロクヤ.ソファーをくっつけあってテーブルを囲み シンジさんのDJ聴いたり 持ち寄った材料で鉄板焼きしたり.そんなある日の世間話.

「エミってわりと金持ってるよな」
トールが唐突に言った.マチちゃんとの路上ライブも頻度は減ったけど続けてたから まだバイトできない中学3年生の自分でも収入源はあった.
「よくお客さんしてくれるよね」
アサギさんが言ってくれたのは「お客さんとしてお金を払って飲食してくれるよね」って意味.わたしにはなにも恩着せがましい気持ちはなく 至極当然の事をしていただけなんだけどね.だってここはバーなんだから.
「逆にいつもありがとうだよアサギさん」
わたしが言うとアズマさんが分け入ってきて むりやりアサギさんにテキーラのショットガンを突っ込んだ.
「ありがとうアサギさぁぁぁあん」
「んー!」
アズマさんとシンジさんは今日 ここCoyoteをクラブ化している.
「トール達だって.高1で週末がっつり遊んでるのに.ロクちゃんは平日 足場屋さんで働いてるって聞いたけど」
わたしが聞くと トールの横で食べてたアキラが教えてくれた.
「こいつさ 不定期で今年の春からシバの下について 通訳の仕事はじめたんだわ」
「通訳!すごいね! 英語?」
食べてたものを飲み込んでトールが話す.
「英語が少しと 主にタガログ語」
「フィリピンの言葉だね」
「おっ よく知ってんな.俺母親がフィリピーナでさ」
「そっかぁ だからトールはきれいな顔してたんだね.まつ毛長くてかわいい」
「おまえそんな目で俺を見てたのかよ笑」

港町は船舶での輸出入業の玄関口で 海産物の加工業もすごく盛んて事もあって 外国人労働者 とくに東南アジアと南米の人達がたくさん住んでいた.
港町の港や隣町の繁華街を仕切ってるのは在日のヤクザ屋さんだなんて話もあるんだけど 外国の人達はとっても陽気で 音楽が大好きで 市外の人達が思ってるほど治安は悪くなくて むしろすごくのどかだった.
「とゆうか シバさん通訳のお仕事もしてるんだね.昼は通訳 夜はバーテンさんかぁ」
アキラが続けて答えてくれる(知り合って3か月くらい経つけど相変わらずシバさんは無口).
「ほら俺の親父って もともと港で物流の仕事してたじゃん.その拠点が香港やら台湾やらにあって シバは香港で親父と働いてたのよ」
「えっ じゃぁシバさんはもともと香港の人?」
「たぶんね」
「たぶんて笑」
「中国っていろんな民族のルーツあるじゃんか.けどシバは両親知らなくてさ 自分が何民族かわからないんだよ」
「なるほど・・・ じゃぁさ シバさんの目の色はカラコンじゃないんだ?」
シバさんの目は灰色がかった茶色.アッシュブラウン?ってやつだった.髪の色もそう.
「そ言えば変わった色してんな あいつの目」
アキラと目をむけると シバさんはカウンターのむこうで新しい料理を作ってくれていた.コトッとカウンターに新しい料理が置かれた音.サラダだ!やった♫ そこへアサギさんは 誰に言われなくともホールの配膳役へまわってくれる.シバさんとアサギさんの阿吽の呼吸だ.とか感心してたら
「エミちゃーん」
ドカッとわたしの隣に座って寄りかかってきた.あの控えめなアサギさんがだよ.ロクヤとトールが驚いた顔でいっせいにこっちを見る.アサギさんすごくテキーラ臭いんですけど.
「アサギさん とりあえずサラダはテーブル置こうか笑」
アサギさんの手からサラダを受け取る.アズマさんはこっちに合掌してごめん!の合図をした.あんたが飲ませすぎたのか・・・.
「ア・・・アサギさんて酒弱いんだな」
ロクヤが真顔で言った.アキラは知ってたみたいで笑ってる.アサギさんは必要以上にわたしに体をくっつけながら
「エミちゃんに聞いてほしい事があります」
そんなに近くなくても聞こえるよアサギさん.近い近い笑.首がすわってないアサギさんの肩を押し返しつつ アキラ達に救いを求める顔をしてみせた.アキラは笑ってるだけ.それにしても呂律がまわらないアサギさんに ホールに出てきたシバさんは静かに言う.
「部屋で寝とけ」
その一言でアサギさんは素直に立ち上がった.立ち上がるといってもフラッフラで 思わず脇に頭を押し込んで わたしもいっしょに支える体勢で立ち上がってしまったほどだけど.
「すみません・・・」
もしかして怒られちゃった?急にアサギさんがかわいそうになってきた笑.フラフラと階段を上がるアサギさん.そ言えばCoyoteの深夜営業が終わって いつもならアサギさんやシバさんは寝てる時間だ.わたしは階段の手すりをしっかり握りながら 逆の腕ではアサギさんの細い腰をしっかりホールドして支えた.
「ごめんね ごめんね」
フラフラしながらも意識はしっかりあるようで 舌ったらずな小声をくり返す.
「大丈夫かー?」
後ろ斜め下からアキラの声.
「エミ 俺代わるよ」
ロクヤの声も.いちばん背が高いアサギさん ホントなら代わってほしかったけど 階段の途中で入れ替わるなんて余裕がないまま なんとか2階の部屋にたどり着いた.

この部屋に入ったのはロクヤと川に落ちた日以来久々の2回目だけど 変な匂いはしなくなってた.ベッドに座らせるとそのまま横に倒れ込んだから 靴を脱がせて両足もベッドに上げさせる.
「ホントにごめん まっすぐ立てない・・・」
「うんうん いいんだよ.いいんだけど・・・お水いる?」
「大丈夫・・・だから行かないで 少し話を聞いて」
なんだろう 気弱な声出しちゃって.ちゃんと聞き取ろうとして顔を近づけると アサギさんの両腕が頭や背中を押さえつけてきた.仰向けのアサギさんに抱きつかれ 恥ずかしいし苦しいしでもがきまくる.アサギさんは普段からハグだってするタイプじゃない.ここの人達全員そうだけど.どうしたというんだ.
「待って 少しだけこのままでいて.俺嬉しいんだ エミちゃんとリクちゃんが来てくれるようになったのが」
涙声っぽくなってるのに気づいてもがくのをやめる.ホントどうしちゃったのアサギさん.
「みんなすごくいい人達だ.みんなが来てくれる最近のCoyoteは本当に楽しい.俺バカだから 知らない事たくさんで迷惑かけてるけど」
「迷惑だなんて・・・」
「今もエミちゃんに悪いことしてるのわかってる.酔っててごめんなさい.でもすごく伝えたかったんだ」
わたしはなんにもアサギさんにしてあげられてないのに.アサギさんは腕の力を弱めた.
「アキラさんはたくさん笑うようになったよ.アキラさんはとても苦労してるのに俺なんかにいっぱいいっぱい優しくしてくれて.俺アキラさんが笑ってるのが嬉しくて.シバさんも同じ事思ってるよ.きっともっと仲良くなれるから話してみて.シバさんも優しい人なんだ」
アサギさんを健気な人だと思った.顔を見て わたしもありがとうを言おうと 重い両腕から少し上へ這い出て アサギさんの右腕を枕に添い寝みたいなポジションに とその時びっくりして
「わっ・・・」
思わず声が出た.アサギさんのワイシャツの襟元から かなり大きな傷痕が見えたんだ.アサギさんはとっさに襟元をギュッと掴んで隠す.わたしは はっとして謝った.
「ごめん びっくりして・・・」
顔を上げるとアサギさんは寂しそうに笑ってた.そして申し訳なさそうに言う.
「気持ち悪い・・・よね・・・」
胸が締めつけられる.あからさまに驚いてしまった事を後悔した.すごくすごく.
「そんな事ない! アサギさんに気持ち悪いとこなんて1つもないよ」
アサギさんの襟元を抑えてる左手に両手を添えて そっと下げた.左手の甲にも小さな傷痕がいくつもある.少しはだけた襟元からは左肩から鎖骨に乗る傷痕が見える.自分の気持ちをわかってほしくて もう1つボタンをはずした.左の胸板まで見える.その傷痕は親指くらいの太さのまま ほかの方向からの傷痕と交差しながら もっと服の奥まで続いてた.
「今は痛くない?」
「・・・うん」
そっと鎖骨の傷痕に触る.皮膚が盛り上がって少し硬くなってる.縫った傷痕じゃない事はわかった.
「2年くらい前の傷だから・・・」
そう言いながらアサギさんはわたしの手元を追ってた目線をこっちに向けた.そんなに悲しい顔をしないで.わたしは目をそむけたくなる.こっちまで普通の顔じゃいられなくなるから.目の奥がキュンって痛い.
「大きなケガをこんなにたくさん・・・つらかったよね たくさん耐えたんだね」
そう言葉に出すと ついに涙が出てきちゃって.つらかったのは 今もつらいのは 目の前にいるアサギさんなのに.
するともう1度 こんどはゆっくり優しく抱きしめてくれた.ときどき肩が震えるのがわかる.泣かないで 好きだよ 大切な友達だよ.アサギさんは心も体も とてもきれいな人なんだよ.・・・わたしはまたうまく言葉にできずに しばらく顔を埋めてた.
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