幕末の恋と花のかおり【完】


「山崎さん! 副長から山崎さんの手伝いをするよう命を頂いて……」

言い終わる前に、遮られた。

「帰って! 人殺し」

背後から聞こえたのは女性の声だった。

「新選組、十一番隊組長、松田花織!


あんたにうちの恋人は殺されたんや

おねがいや。あの人を返して!」

その声は、細かった。でも、力強く感じた。


「なんで、どうして……!

何が悪うて自分の思いを貫いたあの人が死ななあかんのや!」

振り返った時にはもう遅かった。

「……痛っ!」

私の背中には小さな刀が刺さっていた。

とてつもなく痛い。
目の前の景色がぼやける。
だが、これはただの痛みではないはずだ。
今、目の前で大粒の涙を流している女性の味わった心の痛みだ。
死ぬほど苦しい心の痛み。

考えたこともなかった。
ずっと自分たちのしていることは正しいと思っていた。
だからこそ、こんなにも苦しんでいる人がいるなんて気がついたことがなかったんだ。

「ごめんなさい。」

私は顔を上げた。
いままでに自分たちが奪ってきた命に、そして彼らの遺族にむけて言の葉を飛ばす。

山崎の大丈夫か、という心配そうな声に答えたいけれど、いまの花織にはそんな力は残っていない。

「辛かったですよね。
苦しかったですよね。
痛かったですよね……。」

気がつくと灰色の土は黒く濡れていた。



「私なんかにこんなこと、言われたくないと思うけど、ごめんなさい。」


突然、土のような黒さが目の前に広がった。
もう、何が起こっているのかわからない。


「花織! しっかりしてや!」


そんな山崎の声が聞こえてから、花織の目は開かなくなった。

呼吸も出来ていなかったとか。

こうしてまたひとつ。
命がさまよいはじめた。


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