幕末の恋と花のかおり【完】
刺された夜、新選組は屯所に戻った。
眠っている花織を、古株の幹部たちが心配そうに見つめていた。
「花織大丈夫かなぁ」
平助の少し高めの声は震えていて、土方はただひたすらうつむき、山崎は下唇を噛んだ。

「明日もあります。ここからは自分が看病しますよって、皆さんは休んどってください。」
「ありがとう。お前もしっかり休めよ」
永倉がそう答えると、空気の張り詰めた紐が、少しだけ緩んだような感じがした。
そして、土方を先頭に、全員は部屋から出た。

「山崎さんが仕事中に上方語を使うのを始めて聞きました。」
細かいところに気付くのはいつも井上だ。
「相当動揺してるんだな……。」
土方の言葉にみんなが頷く。
「花織には早く目覚めてもらわねぇと山崎まで倒れちまう。」
「俺らが支えなきゃな。」



「花織、朝やで、はよ起きな巡査遅刻するで。」
星の降る夜、山崎はひたすら話しかけた。
「なあ、起きてや。」
呼びかけてもピクリともしない少女の頬は日焼けで赤くなっている。
土方達がさる前、山野を筆頭とした十一番隊の隊士らがこの部屋へ来た。目を開けない己の組長を見て涙を流すもの、声を上げるもの、手を握るもの……。いずれの瞳にも心配の色が宿っていた。
「花織……。」
何も出来ない自分が不甲斐ない。
第一、花織が刺された時、一番そばにいたのは山崎だった。

もう二度と目が覚めなかったら、どうしよう。伝えたいことが山とある。
新選組に入る時、一つ恋を捨てた。その時も、きっかけは山崎の言葉足らずであった。

「今夜が峠だ。」
黄昏の金色の光の中、医師が告げたその言葉が頭の中をめぐる。

ーーーーーもし目覚めなかったら?

あの笑顔を見られなくなる。
優しさが泡沫のように消える。
そんなこと受け止められるはずがない。



ゆえに、山崎はもう一度彼女の名を呼んだ。


「花織!!!!」






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