幕末の恋と花のかおり【完】
そんなことをしているうちに、花織は動くことを許され、日課である素振りを再開した。
当たり前だが、体はうまく動かない。
それでも、もう一度竹刀を振れるということが幸せだった。
ある日の朝餉のあと、
「松田組長!」
「八十八! どうしたの?」
花織は八十八に声をかけられた。後ろには十一番隊の隊員達もいる。
「組長の快気祝いです。」
そう言って渡されたのは、小さな箱。
「開けてもいい?」
「もちろんです。」
「綺麗……!」
中に入っていたのは、綺麗な花が掘られた柘植の櫛。
しかし、なぜだろう。男の人はこんなに可愛い櫛など使わないはずだ。
「組長が眠っている時に、土方副長から聞きました。」
八十八は一度あたりを見渡すと、気を使ってか、小さな声で話した。
「松田組長が女性だということを。」
次に話したのは、蟻通 勘吾(ありどおし かんご)という隊士だ。彼は箱館山での戦いで戦死する、最期の最期まで新選組を信じ続けた。
「だから、俺達は思ったんです。女性にこんな無理をさせて、怪我をさせてしまって、どうしようって……。」
八十八が続ける。
「そこで蟻通の奥さんに相談したんです。十一番隊の全員で。
そしたら、櫛でも贈ったらって助言してくれて……。」
「櫛にはどんなこともとぎほぐせますようにって意味があるらしいですよ。」
「それに、松田組長、もうすぐやめなければならなくなるかもしれないって、山崎さんとか副長とか幹部の方たちが言うてはったので……。」
もう気づかれているとは、思わなかった。
「その櫛に掘ってある花は桜草って言うのなんですけど、憧れっていう花言葉があるらしくて……。ほってもらったんです。」
次々と、十一番隊のみんなが話してくれる言葉たちが、嬉しくて、くすぐったくて、切ない。
「松田組長。どこに行かれても、俺らの憧れの組長でいてください。」
最高の仲間に会えて、よかった。
「ありがとう……! 一生大事にする。
この隊の組長ができて、本当によかった……!」
ありったけの思いを、言の葉に込める。
その時さえ、別れの足音は近づいていた。