幕末の恋と花のかおり【完】
花織は覚悟を決めた。
「局長、少々お時間頂けますか?」
局長の部屋に入るのは二回目。新選組の人達と初めて話したとき以来だ。
「松田くんか。珍しいね。どうぞ。」
いつものように優しい局長の声が麩の向こうから聞こえた。
「失礼します」
局長の部屋からは畳の香りがして、時代を感じさせる。
「あらたまってどうしたんだい?」
この優しい笑顔からは、新選組の隊士を率いるような男だと感じられないほど、柔らかい何かを感じる。
「実は、お話しなければならないことがあって……。」
「そうか。話してみてご覧。」
「多分、自分は、そろそろ元の時代に帰らなければならないと思うのです。」
近藤の眉がわかりやすいほどはっきりと悲しみを描いた。
「いつかこの時が来るような気がしていたんだ。」
そう言って微笑む近藤は、言葉の通り、察しがついていたという表情をしていた。
「中途半端な感じになってしまって、ごめんなさい。
叶うのなら、ずっとここで戦っていたかった。みんなで誠を貫きたかった。」
花織は、畳に手をつけ、頭を下げた。視界に入るすぐのところのい草が、涙で色を変える。
「松田組長。顔を上げなさい。」
局長の声が低くなって、驚きながら顔を上げる。
そして、目が合った近藤は、予想と反して穏やかな表情を浮かべていた。
「君がしてくれたことは、十分すぎるくらいのものだったよ。
女子(おなご)でありながらも、自分の信念に従っていて。全然中途半端なんかじゃない。
君の戻る時代がどんなものかは知らないが、胸を張って帰りなさい。
ここで過ごした毎日の思い出はいつかきっと、辛いことが起きた時に、支えてくれるはずだからね。」
ますます、涙が溢れてきた。まるで堰を切ったように。
「局長、今までありがとうございました。」
再び深く頭を下げた。
感謝の気持ちをいっぱいいっぱい込めて。