幕末の恋と花のかおり【完】
ついに、山崎と思われる人物は花織に背を向けた。
「ごめん……なさい。私、人違いしちゃったみたいで……。」
思わず涙が出てきそうになるけど、飲み込んで我慢する。
「ばーか。」
耳を疑った。
同じだったのだ。あの声と。
「俺が君を忘れると思った?」
再び振り返った彼の手には、しっかりと同じ色の匂い袋が握られていた。
「山崎さん、意地悪すぎです……!」
「ごめんな、花織。」
昔と変わらない上方言葉が胸をくすぐる。
それからすぐ、彼はスーツのネクタイを締め直すと、まっすぐ花織を見つめた。
「改めて、俺は、松田花織さんのことが好きです。
俺と付き合ってください。」
いつかきいたことのあるセリフ。
でも、初めて聞いた時は、未来を約束する言葉はなかった。
「私も、山崎さん! あなたのことが大好きです。
お側にいさせてください!」
思い出の河原でしたように、花織は山崎に抱きついて、山崎は、花織を抱きしめ返した。
ふたりの視界は、涙で滲んでいる。
「言うたやん。」
耳元で囁かれる甘い声。
「百五十年の時だって飛び越えて、俺はお前に会いに行く。」
いつか囁かれた時と変わらず真剣な声で山崎は笑う。
武士に二言はない、と、まるで監察方であったときのような口調に、かつての日々を思い出して、少しだけ、切なくなった、
その瞬間。
拍手が聞こえた。
そう。花織と山崎の周りに人だかりができていたのだ。
その野次馬のなかには、もちろん花織の友人達もいた。
そのなかのなぎと目が合うと、彼女はにやりと笑った。
あとで絶対からかわれる。
それが少し憂鬱でありながらも、嬉しくもあった。
「花織、走るで!」
「はい!」
これも、身に覚えがある。
島原に行った日のことだ。
あの時は、袴姿と芸妓姿で、
今は、スーツと制服。
低い建物が続いていた道には、ショッピングモールがあったり。
見た目や環境が違っても、心は変わっていないから。
叶うのなら、どうか。
このラブストーリーの続きをあなたと。